政府は2035年までに乗用車の新車販売を電動車(EV/HV/PHV/FCV)100%にする方針を掲げる。世界全体ではEV比率が上昇する一方、日本のBEVは減速局面もあるなど地域差は大きい。それでも内燃機関車(ICE車)の中核部品であるエンジン、トランスミッション、燃料系、排気系を製造する部品メーカーは、中長期で需要が細る構造的課題に直面する。日本の自動車部品サプライチェーンは裾野が広く、関連企業はサプライチェーン全体で数万社規模(帝国データバンク調べで国内メーカー計約6.8万社)にのぼり、地方経済と雇用の重要な担い手となっている。経済産業省は「ミカタプロジェクト」(地域自動車部品サプライヤー支援)を立ち上げ、セミナー・実地研修、相談窓口、専門家派遣、設備投資等の支援を提供している。本稿では、経済産業省「自動車分野のカーボンニュートラルに向けた国内外の動向等について」(2024年8月)、商工総合研究所「自動車のEV化による中小サプライヤーへの影響」(2022年3月)、自動車政策資料を踏まえ、ICE部品メーカーの戦略選択肢、M&A/新規事業/統合/撤退の4パスと、Sasla専門家ネットワークの活用シーンを整理する。
1. EV化で消える/減る部品 — 構造的整理
EV化で需要が消滅または激減する部品は明確に特定できる。逆に増える部品も存在し、ICE→EV移行は「ピラミッド構造そのものの再編」を伴う。
EV化で消える/減る主要部品
エンジン関連
・エンジンブロック・シリンダーヘッド・ピストン・コンロッド・クランクシャフト
・燃料噴射装置・ターボチャージャー・カムシャフト・バルブ機構
トランスミッション関連
・AT/CVT/DCT・クラッチ・トルクコンバーター・変速ギア
燃料系・排気系
・燃料タンク・燃料ポンプ・燃料配管
・マフラー・触媒コンバーター(三元触媒)・DPF・EGR
付帯部品
・ラジエーター・サーモスタット・スパークプラグ・オルタネーター・スターターモーター
ICE専用部品に依存する企業ほど、中長期で売上基盤の相当部分を失うリスクがある(商工総合研究所の調査では中小サプライヤーの4割超がEV化を『悪影響』と回答)。特に乗用車向け部品の比重が高いTier2/Tier3の中堅・中小企業ほど影響が深刻だ。
2. EV化で増える部品・新領域
同時に、EV化で新規需要が発生する領域もある。既存企業がここに参入できるかが分かれ目になる。
- 駆動系:電動モーター、インバーター、減速機(1速)、コンバーター
- 電池系:リチウムイオン電池セル・モジュール・パック、BMS(バッテリー管理)、冷却システム
- 熱マネジメント:電池冷却・暖機、ヒートポンプ、CO2冷媒対応
- ボディ・足回り:軽量化のためのアルミ・CFRP、回生ブレーキ、ステアバイワイヤ
- 電装・電子部品:パワー半導体(SiC、GaN)、車載ECU、センサー、ワイヤーハーネス(大電流対応)
- 充電関連:車載充電器、急速充電インレット、V2H/V2G対応機器
- ソフトウェア:SDV(Software Defined Vehicle)、OTA更新、自動運転、コネクテッド
3. Tier1/Tier2/Tier3の構造変化
日本の自動車サプライチェーンは完成車メーカー → Tier1(一次下請、デンソー・アイシン等)→ Tier2 → Tier3 のピラミッド構造。EV化はこの構造そのものを再編する。
Tier1(一次下請)
大手Tier1(デンソー、アイシン、トヨタ紡織、ジェイテクト等)は事業ポートフォリオ転換の体力がある。EV駆動系、電池、熱マネジメント、SDV対応への大規模投資が進行中。デンソーは半導体内製、アイシンは電動化ユニット強化、ジェイテクトはEV向けステアリングへの注力など、各社が異なる進路を選んでいる。
Tier2(二次下請)
中堅プレイヤーの分かれ目。強みの再定義ができる企業(精密加工・特殊鋼・電子部品技術)はEV領域への横展開が可能。一方、ICE専用部品の単機能サプライヤーは需要消滅の影響を直接受ける。
Tier3(三次下請、中小)
最も厳しい層。資金力・人材・技術開発力に制約があり、独力での事業転換が困難。業界統合(ロールアップ)、業務多角化、廃業の3択を迫られるケースが多い。地域経済に深く埋め込まれているため、雇用と地域への影響も大きい。
4. 戦略選択肢 — 4つの方向性
ICE部品メーカーが取り得る戦略選択肢は、大きく4つに整理できる。
① 事業転換(Pivot)— 既存技術の横展開
既存のコア技術(精密加工、樹脂成形、特殊鋼処理、表面処理等)を活かして、EV領域や自動車以外の領域に転換する戦略。例:
- エンジン精密加工メーカー → 電動モーター部品(積層コア、シャフト等)
- 燃料系樹脂成形メーカー → 電池ケース、熱マネジメント部品
- 排気系特殊鋼メーカー → 産業機械、医療機器、半導体製造装置
- ICEセンサー → 自動運転センサー(LiDAR、画像センサー周辺部品)
転換の鍵は顧客の再開拓。長年トヨタ・日産・ホンダの一次サプライヤーだった企業が、EV特化メーカー(テスラ、BYD、新興EV企業)や非自動車業界(医療、産業機械、エネルギー)へ営業を広げる必要がある。
② M&A — 統合または被買収
独立経営の継続が困難な場合、同業他社への売却(Exit)または同業他社の買収(統合)でスケール確保。
- 売却:技術・人材・設備に価値があれば、ファンドや事業会社が買い手になる
- 統合:小規模Tier2-3が集約することで、Tier1への提案力を強化
- クロスボーダー:海外Tier1(特にEV特化)への技術ライセンス・JV・買収
- 外国資本との提携:中国・欧州のEV部品プレイヤーとの技術提携
日経BizGateの記事「電動車普及で部品メーカー消滅? 海外勢と提携に活路」が示唆するように、海外資本との提携が現実的選択肢となる事例も増えている。
③ 新規事業開発 — 自動車外への参入
自動車部品で培った製造技術・品質管理ノウハウを活かして、自動車外の市場に参入。
- 医療機器:精密加工技術の応用、整形外科インプラント、内視鏡部品
- 航空宇宙:航空機エンジン部品(軽量化・耐熱)、ロケット部品
- 半導体製造装置:高精度位置決め、真空対応、クリーンルーム対応部品
- ロボティクス:産業ロボット減速機、精密モーター
- エネルギー:水素タンク、燃料電池部品、蓄電池筐体
新規参入には技術認証・顧客開拓・営業体制の構築が必要で、最低3〜5年の投資回収期間を見込む必要がある。
④ 廃業・統廃合
事業転換が困難な場合、計画的な廃業も選択肢。従業員の雇用転換、技術・特許の他社売却、設備の他用途活用を含む整理事業計画を策定。事業承継・第三者承継の仕組み(事業承継引継ぎ支援センター等)の活用も検討。
5. M&A市場の動向 — 自動車部品セクターの再編
EV化の進行とともに、自動車部品セクターのM&A件数は2020年代に入り増加傾向。特徴的なパターン:
パターン① 大手Tier1の事業ポートフォリオ整理
デンソー、アイシン、東海理化、トヨタ紡織等のTier1は、非中核事業のカーブアウトとEV関連の戦略買収を並行。ICE専用事業の売却と、SDV/電動化技術スタートアップの取り込みが同時進行。
パターン② PEファンドによるロールアップ
PEファンド(カーライル、ベイン、ジャパン産業パートナーズ等)が複数のTier2/Tier3を集約して中堅プラットフォームを形成。スケールメリットでTier1への提案力を高めるアプローチ。
パターン③ 海外資本との連携
中国EV関連企業、欧州プレイヤー、米国EVスタートアップとのJV・出資・買収。日本企業の技術と海外の事業展開力を組み合わせる構図。
パターン④ 業界外資本の取り込み
商社、家電、機械メーカー等の業界外企業が自動車部品市場の機会を見出して参入。逆に自動車部品メーカーが医療・航空・エネルギー業界に出ていく動きも。
6. 政府支援 — ミカタプロジェクトとGI基金
経済産業省は地域自動車部品サプライヤーの転換を支援するため、複数の施策を提供。
ミカタプロジェクトの主な支援メニュー
① セミナー・実地研修:GX/DX関連の知識習得、技術習得
② 相談窓口:個別企業の経営課題に対する一次相談
③ 専門家派遣:技術コンサル、経営コンサルの派遣
④ 設備投資等支援:補助金、税制優遇、低利融資
加えて、グリーンイノベーション基金(当初2兆円、その後の積み増しで総額約2.8兆円)からは、EV/蓄電池/水素関連技術の開発に対する大型補助も提供。中小企業向けには事業再構築補助金、ものづくり補助金などの汎用支援も活用可能。
7. ケーススタディ — 業界転換の実例
事例① ジヤトコ(旧トランスミッション専業)の転換
CVTで世界シェアを持つジヤトコは、EV化に伴うトランスミッション需要の縮小に対応し、EV用1速減速機、PHV/HV用トランスアクスルの開発を加速。日産の電動化戦略と連動して事業ポートフォリオを再構築。
事例② 樹脂部品メーカーの非自動車展開
燃料タンク・燃料配管を製造していた中堅メーカーが、樹脂成形技術を活かして医療用容器・産業機械部品・建材への展開を進めた事例。営業体制の刷新と認証取得(FDA、CE等)が転換の鍵。
事例③ 排気触媒メーカーのリサイクル業転換
三元触媒・DPFの製造企業が、EV化を見越して使用済触媒の貴金属リサイクル事業に注力。製造から循環ビジネスへの転換例。
8. 中堅・中小企業への現実的な選択肢
大手Tier1とは異なり、中堅・中小企業(売上数十億〜数百億円)には独自の戦略が求められる。
判断軸
- コア技術の汎用性:自動車外に展開可能か(精密加工・特殊処理・電子部品系は汎用性高)
- 顧客集中度:単一完成車メーカーへの依存度(高いほど影響大)
- 設備の汎用性:他用途転用可能か(専用設備ほど座礁資産化)
- 後継者の有無:事業承継問題と転換投資を同時に検討
- 地域経済への影響:地方雇用維持の社会的責任
3〜5年のロードマップ設計
- Year 1:現状分析、コア技術の棚卸、顧客集中度の見直し、新規市場のスクリーニング
- Year 2-3:パイロット事業(新規市場参入の試行)、M&A候補の探索、必要設備の投資
- Year 3-5:本格転換、ICE事業の縮小スケジュール化、雇用転換、技術伝承
9. 海外動向との比較
日本に限らず、世界中のICE部品メーカーが同様の課題に直面。
- ドイツ:Bosch、Continental、ZFといった大手Tier1がEV化への大型投資を実施。一方、Mittelstand(中堅・中小)の苦境が深刻化、政府の構造転換支援が議論
- 中国:EVへの政府主導転換が早く、内燃機関部品メーカーの淘汰が進行
- 米国:UAW(全米自動車労組)のEV移行交渉、デトロイト3の戦略転換
日本企業は欧州・米国の先行事例を参照しつつ、独自の高品質・精密技術を活かした転換戦略を組み立てる必要がある。
10. 公正な移行(Just Transition)の視点
事業転換は単に企業戦略の問題ではなく、地域雇用・地域経済の課題でもある。トヨタ・愛知、ホンダ・浜松、日産・横須賀/追浜のような自動車城下町では、ICE部品メーカーの転換失敗が地域全体の経済縮小に直結する。
- 雇用転換:ICE技術者のEV/SDV技術へのリスキリング
- 地域支援:地方自治体・経済産業局の連携、産業誘致
- 労使対話:労働組合との計画的な転換協議
- 社会的責任:ESGの「S」観点での雇用配慮、人権DD連動
よくある質問(FAQ)
Q. ICE部品メーカーの「事業転換期限」はいつ頃か?
政府目標2035年新車100%電動化を見据え、2027〜2030年に技術ロードマップ整備、2030〜2035年に本格転換、2035年以降に旧事業のフェードアウトが目安。早期検討と早期着手が、戦略選択肢の幅と転換コストの低減を可能にする。
Q. Tier2/Tier3企業が独力で転換できないとき、どんな選択肢があるか?
大手Tier1への業務統合、PEファンドによる集約ロールアップ、海外資本との提携、自動車外(医療・航空・産業機械)への横展開、計画的廃業・事業承継など複数の選択肢を組み合わせて検討する。
Q. ミカタプロジェクトはどこまで支援してくれるか?
セミナー・実地研修、相談窓口、専門家派遣、設備投資補助の4本柱を提供。中小企業向けには事業再構築補助金や物づくり補助金との組み合わせで活用効果を高められる。
Q. 既存のエンジン精密加工技術を、どんな業界に展開できるか?
医療機器、半導体製造装置、航空宇宙、ロボティクス、エネルギー(水素タンク・燃料電池)、産業機械等で同種技術が必要。3〜5年の認証取得・営業体制構築期間を見込む。
Q. 業界経験者は、どんな観点で対象企業をDDで見るのか?
EV化への対応度、顧客集中度、コア技術の汎用性、設備の他用途転用可能性、後継者・人材状況、地域経済への組込みの深さなど、表に出にくい論点に注目する。
こんなときに、Sasla
・自社のコア技術の活用先(EV領域/自動車外)について業界経験者の感覚値が欲しい
・M&A/JV/業務提携の選択肢を業界専門家と論点整理したい
・新規市場(医療・航空・エネルギー)参入の実現確度を、現地経験者から確認したい
・ミカタプロジェクト等の政府支援メニューの活用設計をレビューしてほしい
・地域雇用との両立を視野に入れた事業転換のロードマップ策定支援が欲しい
・買収検討で対象企業のEV化対応力をDDで評価したい
Saslaには、自動車メーカー・Tier1出身者、自動車M&A実務者、PEファンドの自動車セクター担当、医療・航空・産業機械業界の事業開発担当、地域経済政策の専門家が業界横断で登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。
11. 「消える」のではなく「変わる」
EV化はICE部品メーカーにとって構造的危機であると同時に、事業の再定義機会でもある。エンジン精密加工で培った技術は、EV駆動系・医療機器・航空宇宙にも応用可能。燃料系の樹脂成形は、電池ケース・熱マネジメント・産業機械に展開できる。
重要なのは、「現状維持」が最大のリスクだという認識。2030〜2035年の本格EVシフトに向けて、今動き始める企業ほど、技術ロードマップ、新規顧客、業界統合の機会、雇用転換ノウハウという、模倣困難な資産を蓄積できる。一方、対応を先送りする企業は、市場縮小と人材流出の二重ショックに直面することになる。
出典・参考資料
本稿で参照した主な一次資料。企業数・影響度は各調査の公表値による。
- 経済産業省「自動車分野のカーボンニュートラルに向けた国内外の動向等について」(2024年8月)、「2035年までに乗用車の新車販売を電動車100%」(グリーン成長戦略)
- 商工総合研究所「自動車のEV化による中小サプライヤーへの影響」(2022年3月)
- 経済産業省「ミカタプロジェクト」(地域自動車部品サプライヤー支援)
- NEDO グリーンイノベーション基金事業