2026年1月、長崎県五島市沖で国内初の浮体式洋上風力発電が商用稼働を開始した。第7次エネルギー基本計画(2025年2月閣議決定)は、洋上風力を「再生可能エネルギー主力電源化の切り札」と位置づけ、2030年までに10GW(稼働ベース5.7GW)、2040年までに浮体式を含む30〜45GWの案件形成を国家目標として掲げた。一方で、第1ラウンド・第2ラウンドの公募事業では、世界的なインフレ・部材高騰・金利上昇による事業性悪化が直撃し、撤退・遅延が相次いだ。撤退が相次いだいま、洋上風力に参入・投資する余地はどこに残るのか。政策フレーム、新公募制度(想定供給価格幅)、商業化の現在地、サプライチェーン課題、そして日系企業の事業機会を、経産省・NEDO・JWPA一次資料に当たって見極める。
1. なぜ浮体式が必要か—日本の海底地形と着床式の限界
洋上風力には大きく着床式(海底に基礎を構築)と浮体式(浮体構造物に風車を搭載、係留索で海底に固定)がある。着床式は水深50〜60m程度までが経済的限界とされ、それ以深の海域では浮体式が唯一の選択肢となる。
日本の海域特性と着床式・浮体式の使い分け
着床式適地:北海道沖、東北沖、九州沖の浅瀬。第1〜2ラウンドで指定された秋田・千葉・新潟沖などの「促進区域」が中心。
浮体式適地:日本周辺海域は水深100m超の海域が広く、浮体式の開発余地は着床式の数倍にのぼるとの試算もあり、長期的な国内ポテンシャル拡大は浮体式に依存。長崎・五島沖、北海道沖(一部)、太平洋側深海部。
2040年30〜45GW想定のうち、政府は15GW以上を浮体式で形成する目標を掲げる。
つまり日本にとって浮体式洋上風力は「将来オプション」ではなく、主力電源化の前提条件である。技術的優位性を確立し、コスト競争力を獲得できるかどうかが、エネルギー転換の成否を左右する。
2. 五島沖の商用稼働—国内初の浮体式案件
2026年1月、戸田建設を代表とする6社(ENEOSリニューアブル・エナジー、大阪ガス、INPEX、関西電力、中部電力)のコンソーシアムが長崎県五島市沖で運営する「五島市沖浮体式洋上風力発電所」(2.1MW×8基=計16.8MW)が本格商用稼働を開始した。これは2016年から実証運転を続けてきた「はえんかぜ」(2MW、福江島沖約5km)の知見を踏まえ、商業規模に拡張したもの。
出典:報道機関による試験機公開取材映像(長崎・五島沖浮体式洋上風力)
商用稼働の事業性評価はまだ初期段階だが、「日本の海域でも浮体式が技術的に成立する」ことを実証した意義は大きい。五島の知見は、後続の北海道・東北沖の本格案件設計に直接活用される見通しである。
3. 政策フレーム—再エネ海域利用法と4ラウンド体制
洋上風力の事業化は、2018年成立の「再生可能エネルギー海域利用法」(再エネ海域利用法)を中核とする政策枠組みで進められる。同法は、(1) 経産大臣・国交大臣が「促進区域」を指定し、(2) 公募で事業者を選定、(3) 選定事業者に海域占用権30年を付与する、という3段階の手続きを定める。
洋上風力ラウンド別の進捗
第1ラウンド(2021年12月選定):秋田・千葉沖3区域、合計約1.7GW。三菱商事中心のコンソーシアムが全区域を低価格落札したが、インフレ・金利上昇で事業性が悪化し、2025年8月に全3区域から撤退を表明。政府は公募制度を抜本的に見直し、2026年6月に運用指針の改訂を完了して3区域の再公募手続きに入った。
第2ラウンド(2023年12月選定):秋田・新潟・長崎沖4区域、合計1.8GW。インフレ・部材高騰で各社の事業性が悪化、撤退表明も。
第3ラウンド(2024年12月選定):青森県沖・山形県遊佐町沖の着床式2海域で、応札者すべてがゼロプレミアム(3円/kWh)入札となり、価格差がつかず事業実現性の評価で決した。
第4ラウンド以降:浮体式が本格対象に。北海道沖・東北沖深海部での公募が予定。EEZ(排他的経済水域)での浮体式事業化に向けた制度整備も並行。
「想定供給価格幅」制度の意義
2026年1月、経産省・国交省は三菱商事の撤退を受けて新たな公募制度をとりまとめ、応札価格に上限・下限の幅を設ける「想定供給価格幅」や物価調整スキームを盛り込んだ(パブリックコメントを経て第1ラウンド再公募に適用予定)。現行はFIP制度だが、為替・金利・部材価格の変動を事業者が負担する構造が強く、新制度では価格レンジを設定することで極端な低価格入札による事業性破綻を回避する狙いがある(差金決済型CfDとは設計が異なるが、価格変動リスクを公的に分担する方向性は欧州CfDと通底する)。
これは欧州のCfD(Contract for Difference)方式に近い設計で、英国・オランダ・デンマークなどでも採用されている。日本がグローバル標準に近づいたことで、海外投資家・サプライヤーの参画もしやすくなる。
4. NEDO実証と次世代技術開発
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、グリーンイノベーション基金(GI基金)を通じて「次世代浮体式洋上風力発電システム実証研究」を推進している。主要テーマは以下のとおり。
実証の主眼は浮体構造の高効率化・低コスト化にあり、セミサブ型・TLP(テンションレッグプラットフォーム)型・スパー型を比較検証している。そのうえで、深海部向けの高張力係留索や水中接続、15MW級大型風車を浮体に載せた際の動的応答評価、洋上組立とSOV(Service Operation Vessel)を使った施工・O&M、さらに漁業との共存や海生哺乳類への影響評価まで、量産化の手前に残る課題を横断的に潰しにかかっている。
これらは2030年代の量産化フェーズに向けた基盤技術であり、特に国産浮体構造の量産化は、日本の産業競争力の源泉となる。鉄鋼・造船・重工業のレガシー産業が、新たな成長分野として再活性化する道筋でもある。
5. サプライチェーン課題—国内産業政策との接続
政府は「洋上風力産業ビジョン」(2020年12月公表)で、2040年までに国内調達比率60%を目標として掲げた。現状は、風車本体(ナセル・ブレード・タワー)の大半を欧州メーカー(Vestas、Siemens Gamesa等)に依存しており、国内製造基盤は限定的である。
洋上風力サプライチェーンの国内化課題
① 風車本体製造:日本メーカーの撤退(日立製作所、三菱重工)後、国内生産設備がほぼゼロ。欧州メーカーの国内工場誘致が論点。
② 浮体構造物:造船・鉄鋼の国内基盤あり。今治造船、JFEエンジニアリング、IHI等が参入。差別化の鍵となる領域。
③ 海底ケーブル:古河電工、住友電工が世界トップ級の技術力。輸出ポテンシャルも大。
④ 洋上施工船(SEP船・SOV):保有不足。商船三井、川崎汽船、五洋建設などが新造を進行中。
⑤ ポート・基地港湾:秋田、青森、長崎、北九州、神奈川(横須賀)等で整備加速。
第2〜3ラウンドの事業完遂が産業政策の試金石
JWPA(日本風力発電協会)が繰り返し提言している通り、「第2・第3ラウンドの事業完遂が極めて重要」であり、これがなされなければ、風車メーカー・部品サプライヤーの投資予見性が著しく損なわれる。撤退・遅延が連鎖すれば、国内サプライチェーン構築の機運自体が萎んでしまうリスクがある。
6. 浮体式の経済性とコスト低減の道筋
浮体式は現時点で着床式より2〜3倍程度の発電コストとされ、欧州での実証案件(Hywind Tampen等)でも€100〜200/MWh水準。グローバルベンチマーク(着床式€50〜80/MWh、洋上CfDで€40台も登場)と比べて大きなギャップがある。
浮体式コスト低減の3つのドライバー
① 規模効果:大型風車(15→20MW級)の搭載、ウインドファームの数百MW規模化
② 浮体量産化:シリーズ生産で1基あたりコストを半減以下に。日本の造船業の出番
③ 施工・O&M効率化:港湾組立、汎用SOV運用、AI予測保全、ドローン点検
これらが噛み合えば、2030年代後半に着床式に肉薄するコスト(€60〜80/MWh)まで低下しうる、というのが業界共通の見立てである。日本国内で量産化の流れを作り、東南アジア・台湾・韓国への輸出展開を視野に入れた産業政策が描かれている。
7. 日系企業の事業機会—バリューチェーン別
洋上風力は事業ライフサイクル全体で多様な日系プレイヤーに事業機会を提供する。
- 事業開発・発電事業:三菱商事、三井物産、丸紅、JERA、Jパワー、東京ガス、関西電力ほか
- 浮体・係留:今治造船、ジャパンマリンユナイテッド、JFEエンジニアリング、IHI、三井E&S
- 海底ケーブル:古河電工、住友電工
- 洋上施工:五洋建設、東亜建設、商船三井、川崎汽船
- O&M・SOV:日本郵船、商船三井、ENEOS、出光興産
- ファイナンス:三菱UFJ、みずほ、SMBC、日本政策投資銀行、JBIC、NEXI
- 計測・データ:気象海象観測、Lidarリモートセンシング
これに加えて、欧州・台湾・韓国市場への展開、CCU/グリーン水素製造との連携、洋上風力+蓄電池ハイブリッドなど、関連事業の広がりが期待される。
8. 戦略的論点
論点①:気候リスクとサプライチェーン分散
欧州のVestas・Siemens Gamesaに依存する現状は、地政学リスク・為替リスクの観点で課題。国内サプライチェーン形成と並行して、複数調達ソースの確保が事業者・政策双方の課題となる。
論点②:海洋生態系・漁業との共存
洋上風力は鳥類衝突、海底ケーブル設置時の海生哺乳類への影響、漁業との海域競合などの環境社会影響を伴う。GBF(昆明・モントリオール生物多様性枠組)のターゲット3「30by30」との整合、地域漁協との合意形成プロセスが、事業性とは別軸で案件成立の前提条件となる。
論点③:EEZ(排他的経済水域)での浮体式
従来の再エネ海域利用法は領海が主対象だったが、2025年6月にEEZ(排他的経済水域)へ設置海域を拡大する改正再エネ海域利用法が成立し、2026年4月に施行された。EEZでは許可制度が新設され、深海部の浮体式適地の事業化に道が開けた。今後は具体的な区域指定・運用が焦点となる。
9. 業界横断の専門家ネットワークで事業化を加速する
浮体式洋上風力の事業化は、海洋工学・造船・電力系統・ファイナンス・規制対応・環境影響評価・漁業調整など、極めて多分野の専門性を統合する必要がある。社内人材だけで全領域をカバーするのは困難で、業界経験者の知見をピンポイントで活用する設計が、案件組成のスピードと質を決める。
こんなときに、Sasla
・浮体式案件の事業性評価で、欧州実証案件の経験者と議論したい
・浮体構造の量産化・サプライチェーン形成について、造船・鉄鋼業界の実務者の知見を借りたい
・想定供給価格幅制度の活用戦略を、入札経験者と検討したい
・海底ケーブル・SOV・洋上O&Mの実装課題を、専門家から学びたい
・東南アジア・台湾市場への輸出展開を、現地事情に明るい専門家と議論したい
Saslaには、洋上風力、エネルギー転換、造船・海洋エンジニアリング、サステナブルファイナンスの実務経験者が業界横断で登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的な伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。
10. 浮体式は「成熟産業」と「新興産業」の交点
浮体式洋上風力は、造船・鉄鋼・海洋エンジニアリングという日本の成熟産業の蓄積と、再エネ・スマートグリッド・ESGファイナンスという新興産業の需要が交わる稀有な領域である。欧州先行から学ぶ姿勢を保ちながら、日本の海域特性・産業基盤・国際展開戦略を組み合わせれば、2030年代後半には世界トップ層の浮体式産業基盤を構築できる蓋然性は十分にある。
2030年10GW・2040年30〜45GWは、達成すれば日本の電源構成を質的に変える数字である。第2〜3ラウンドの事業完遂、想定供給価格幅制度の運用、五島の商業運転知見の横展開——いまの10年が、その実現可能性を決める。
出典・参考資料
本稿で参照した主な一次資料。公募制度・事業環境は2025〜2026年に大きく動いており、各公表時点による。
- 経済産業省・国土交通省「再エネ海域利用法に基づく洋上風力公募」(第1〜3ラウンド結果、2026年1月の新公募制度とりまとめ)、第7次エネルギー基本計画(2025年2月閣議決定)、改正再エネ海域利用法(EEZ拡大、2025年6月成立)
- 戸田建設「五島市沖 浮体式洋上風力発電所の商用運転開始」(2026年1月)
- 三菱商事の第1ラウンド撤退(2025年8月)に関する各社公表・報道