AZEC(Asia Zero Emission Community、アジア・ゼロエミッション共同体)は、2022年1月に日本が提唱し、ASEAN9カ国+オーストラリアと共に11カ国で構成する、アジアの脱炭素・エネルギー安全保障の地域協力枠組みである。2023年12月の第1回東京会合を皮切りに毎年首脳会合を開催し、2025年10月のクアラルンプール会合では累計約540件の協力プロジェクト(新規MOU約50件を含む)と「今後10年のアクションプラン」の進捗を確認、2026年4月のオンライン首脳会合では新たな金融枠組み「POWERR Asia」が発足した。本稿では外務省・METI一次資料に基づき、AZECの構造・進捗・日系企業の事業機会を整理する。
1. AZECの基本構造
11カ国の構成
AZECは2022年1月、当時の岸田首相が施政方針演説で提唱した。発足時にASEAN各国とオーストラリアに参加を呼びかけ、現在の11カ国体制が形成されている。
AZEC参加11カ国
日本(提唱国)、オーストラリア、インドネシア、ベトナム、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ラオス、カンボジア、ブルネイ
ASEAN10カ国のうちミャンマーを除く9カ国がそのまま参加し、これに豪州を加える構成。地理的にはアジア太平洋の脱炭素・エネルギー協力の地域フレームを形成している。
3つの基本理念
AZECは欧米主導の「気候変動目標一辺倒」アプローチとは一線を画し、アジアの実情に合った多様な脱炭素経路を尊重する設計を採っている。
- エネルギー安全保障の確保と地政学的リスクの低減:脱炭素と同時にエネルギー供給の安定性・自立性を確保
- イノベーションを通じた経済成長と脱炭素化の両立:「環境と成長の両立」を可能にする技術主導の道筋
- 各国事情に応じた多様で現実的な道筋(pathways)の構築:石炭依存度・経済発展段階・再エネポテンシャルの違いを許容
とりわけ第3の理念は重要で、ベトナム・インドネシア・フィリピンなど石炭火力依存度の高い国々を排除せず、段階的トランジションを共通言語として採用している点で、欧州主導のJust Transitionアプローチとも、米国主導の脱化石燃料アプローチとも異なる「アジア型」を志向している。
2. 首脳会合の年表と決議の進化
AZEC首脳会合の経緯
第1回:2023年12月18日、東京(岸田首相主催)。日ASEAN友好協力50周年特別首脳会議の機会に開催し、AZECの基本理念を共同声明として確認。
第2回:2024年10月11日、ラオス・ビエンチャン(石破首相主催)。「今後10年のアクションプラン」を採択し、ルール形成・プロジェクト組成・セクトラルイニシアティブの3本柱を確立。
第3回:2025年10月26日、マレーシア・クアラルンプール(高市首相・アンワル首相共同議長)。新規MOU約50件、累計約540件の協力プロジェクト、「Progress on the Action Plan 2024-2025」を確認。
AZEC+ オンライン緊急首脳会合:2026年4月15日、ホルムズ海峡を経由するエネルギー・資源の供給途絶への危機対応。「POWERR Asia」(約100億ドルの金融協力枠組み)を発足。
外務省公式:AZECの理念と意義
AZECの理念は、提唱者である岸田元首相が首相官邸の公式YouTubeチャンネルで直接発信している。アジアの脱炭素・エネルギー協力の方向性を、日本政府としてどう位置づけているかを確認できる短尺の発信である。
出典:首相官邸 公式YouTubeチャンネル「AZECについて岸田総理のメッセージ」
3. AZECの3本柱と約540の協力プロジェクト
第2回首脳会合(2024年10月)で採択された「今後10年のアクションプラン」では、AZECの取組みを3本柱に整理した。
柱1:ルール形成等のAZECソリューション推進
各国の電源構成・産業構造・経済発展段階が異なるアジアでは、欧米基準をそのまま導入することは困難である。AZECでは、再エネ調達制度、カーボンクレジット、グリーンファイナンス分類、水素・アンモニア取引基準など、アジアの実情に即したルールの共同設計に取り組む。
柱2:個別プロジェクトの組成
これまでの会合を通じて累計約540件の協力プロジェクトが組成された(2025年10月・第3回会合時点)。第3回に向けては新たに約50件のMOUが締結・公表されている。実装はJETRO・JOGMEC・JICA・JBICなどの政府関係機関、商社、エネルギー企業、メーカーが分業し、ODAと民間投資を組み合わせるブレンデッドファイナンス的なアプローチが多用される。
政策面の常設ハブとして、2024年8月の第2回閣僚会合(ジャカルタ)でERIA(東アジア・ASEAN経済研究センター)内に「アジア・ゼロエミッション・センター」が設立された。各国の脱炭素ロードマップ策定支援、セクター別の技術・制度分析、市場整備の研究を担い、AZECの協力を実務に落とし込む役割を果たす。
柱3:セクトラル・イニシアティブの推進
分野別のイニシアティブは6領域で走っている。再生可能エネルギーでは太陽光・風力・地熱に加え、メコン地域の水力の協調開発が特徴的だ。燃料側では豪州・中東からのCO2フリー水素・アンモニアのサプライチェーン整備、CCUSではインドネシア・マレーシア・豪州のCO2貯留ポテンシャル活用が動く。需要側の高効率発電・産業設備の導入支援、再エネ大量導入を支える系統強化・スマートグリッド、そしてトランジション・ファイナンスのアジア共通基準づくり——供給・需要・金融の三面を同時に押さえる設計になっている。
2025年10月に第3回ASEAN大臣会合で発表された「AZEC PROGRESS REPORT 2025」では、これらセクター毎に進捗と次フェーズの方向性が示されている。
4. POWERR Asia—2026年4月発足の金融協力フレーム
2026年4月のAZEC+オンライン緊急首脳会合は、ホルムズ海峡を経由するエネルギー・資源の供給途絶への危機対応として開催された。同会合で高市首相が表明したのが、新たな枠組み「Partnership On Wide Energy and Resources Resilience(POWERR Asia)」である。
POWERR Asia の構造
規模:約100億ドルの金融協力枠組み
2つの柱:
(1)緊急対応:エネルギー備蓄拡大、代替エネルギー・資源確保、緊急時相互融通の制度設計
(2)構造的対応:産業の高度化、サプライチェーン強靭化、上流投資の促進
対象:脱炭素関連だけでなく、化石燃料を含むエネルギー・重要鉱物の安定供給全般
POWERR Asiaの位置づけが重要なのは、「脱炭素」だけを掲げる従来のAZECに、「エネルギー安全保障」の柱が明示的に加わった点である。地政学的緊張・サプライチェーン途絶リスクが顕在化する中、純粋なクライメート枠組みでは捉え切れないリスクへの対応として、AZECは進化しつつある。日本の脱炭素・エネルギー協力の対外政策における中核フレームとして、AZECの政策的位置づけはさらに上昇している。
5. 日系企業の事業機会
AZECは政府間の協力枠組みだが、実装は企業主導である。日系企業にとっての事業機会を、業種別に整理する。
(1) エネルギー・素材セクター
- 電力:ASEAN各国のIPP案件、洋上風力、地熱、揚水発電、系統増強
- ガス・石油:トランジション期のLNG供給、CCUS付き天然ガス火力
- 水素・アンモニア:豪州・中東との3カ国スキームでのサプライチェーン構築
- 鉄鋼・化学:水素還元製鉄、グリーンメタノール、グリーンアンモニア
(2) インフラ・モビリティ
- 都市インフラ:高効率ビル・スマートシティ・廃棄物処理
- モビリティ:EV・FCV・eバイク、充電インフラ、リチウム電池リサイクル
- 物流:港湾の脱炭素化、ゼロエミ船舶燃料(アンモニア・メタノール)
(3) サステナブルファイナンス
- トランジションファイナンス:石炭火力フェードアウト、ガス・水素混焼の段階的移行への融資
- ブレンデッドファイナンス:JICA・JBIC・民間資金の組み合わせによるリスク分担
- カーボンクレジット:パリ協定6条2項に基づく二国間クレジットメカニズム(JCM)の拡張
特にJCM(Joint Crediting Mechanism、二国間クレジット制度)は、AZEC参加国の多くと既に二国間文書を締結しており、企業のScope 1・3排出削減量をクレジットとして取得・活用できる枠組みとして注目されている。
6. AZECの戦略的論点
論点①:欧米脱化石燃料政策とのすり合わせ
AZECは石炭火力の段階的フェードアウトを許容し、トランジション期のガス利用を肯定する立場を取る。これは欧州のCSDDD・タクソノミーの厳格な化石燃料排除アプローチと緊張関係にある。日本企業は欧州拠点ではCSDDD準拠を進めつつ、アジア事業ではAZECスタンダードに準拠するという二重基準の運用を、説明可能な形で整理する必要がある。
論点②:中国の存在感とAZECの輪郭
AZECには中国は参加していない。一方、ASEAN各国にとって中国は最大の貿易相手国であり、再エネ機器(太陽光パネル・蓄電池・EV)の主要供給源でもある。AZECの「日米豪 vs 中国」という戦略的構図は、ASEAN加盟国がバランスを取りながら関与する空間として機能している。日系企業の競争相手は、欧米企業だけでなく中国企業・現地企業も含めて多元的に存在する。
論点③:Just Transitionと社会的受容性
石炭火力依存度の高いインドネシア・ベトナム・フィリピンでは、脱炭素の進展は雇用喪失・地域経済の変化を伴う。AZEC案件ではJust Transition(公正な移行)の観点での労働・地域配慮を、ファイナンス条件として求められるケースが増えている。プロジェクト組成段階での社会影響評価・ステークホルダー対話の設計が、案件の成否を分ける。
7. 業界横断の専門家ネットワークで事業化を加速する
AZEC案件は、(1) 相手国の政策・規制動向、(2) 技術選択(再エネ/水素/CCUS/効率化)、(3) ファイナンス組成、(4) ジャストトランジション設計、(5) 二国間制度(JCM等)の活用——多領域の専門性を統合する必要がある。社内人材だけで全領域をカバーするのは困難で、業界経験者の知見をピンポイントで活用する設計が、案件組成のスピードと質の両面で合理的だ。
こんなときに、Sasla
・AZEC参加国でのIPP・水素・CCUS案件組成に、現地事情に明るい実務者の知見を借りたい
・トランジションファイナンスのアジア事例について、ストラクチャラー経験者と議論したい
・JCM案件の組成・MRV体制について、過去案件の経験者からヒアリングしたい
・POWERR Asiaの構造的対応の枠組みで、自社事業の位置づけを検討したい
・欧州CSDDDとAZECスタンダードの二重基準を、社内外でどう説明するか相談したい
Saslaには、アジアの再エネ・水素・CCUS・グリーンファイナンスの実装経験者、相手国の政策・規制に明るい専門家が業界横断で登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的な伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。
8. AZECは「外交フレーム」から「事業実装プラットフォーム」へ
AZECは発足当初、外交メッセージとしての色合いが強かった。しかし第2・3回首脳会合でアクションプランが定着し、約540件の協力プロジェクトが動くようになり、2026年のPOWERR Asia発足でエネ安全保障の柱が加わったことで、事業実装プラットフォームとしての性格が鮮明になっている。
2030年代に向けたアジアのエネルギー転換は、欧米基準で一律に進むものではない。AZECが提示する「多様で現実的な道筋」のフレームを使い倒すことが、アジアで脱炭素事業を展開する日系企業の競争力の源泉になる。
出典・参考資料
本稿で参照した主な一次資料。会合の日付・案件数・枠組み名は各公表時点のもの。
- 外務省・首相官邸「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」第1〜3回首脳会合、AZEC Plus首脳会合(2026年4月、POWERR Asia)
- ERIA「Asia Zero Emission Center」
- JBIC「POWERR Asia FAST Window の設置」
- 経済産業省「AZEC・POWERR Asia関連」資料