2026年3月、積水化学工業がペロブスカイト太陽電池「SOLAFIL(ソラフィル)」の商業販売を開始した。フィルム型ペロブスカイト電池の世界初の商業化として、日本の次世代太陽電池産業にとって象徴的な節目である。経済産業省は「次世代型太陽電池戦略」(2024年11月)で2030年までにGW級の生産体制を構築、2040年に20GW導入、発電コスト14円/kWh以下を目標として掲げている。NEDOグリーンイノベーション基金(GI基金)も量産化技術開発と実証を後押しする——「次世代型太陽電池の開発」は2021年度の着手時点で事業規模498億円、その後は実証事業を含めて拡充されてきた。ただし、研究室の発見から商業化まで15年かけた「日本発」の技術であることと、それが「日本の産業になる」ことは同義ではない。シリコン系で中国に敗れた記憶が、この技術の政策設計を強く規定している。
1. ペロブスカイト太陽電池とは何か
ペロブスカイト太陽電池は、ペロブスカイト結晶構造を持つ材料(CH3NH3PbI3が代表)を光吸収層に用いる新世代太陽電池。2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力教授らが発見した、日本発の技術である。研究開始から15年で実験室変換効率は3.8%→26.7%(2024年時点、シリコン系と同等水準)まで急上昇した。
実装上の意味は「作り方」と「置ける場所」の両面にある。フィルム基材に印刷塗布で成膜でき、重量・厚みはシリコン系の1/10〜1/100。製造も低温(100℃前後)の溶液プロセスで完結し、高温・真空・高純度を要するシリコン系とは対照的だ。この軽さが効くのは、屋根荷重に制約のある工場や既存建物、そして曲面・垂直面——自動車ボディ、建物外壁、トンネル壁面、農業ハウスといった、従来型が設置困難だった場所である。
もう一つの意味は産業政策にある。シリコン系で中国勢に席巻された日本の太陽電池産業にとって、フィルム型は素材・印刷技術の蓄積がそのまま活きる、数少ない反攻領域と位置づけられている。
NEDOの公式解説:ペロブスカイト太陽電池の基礎
ペロブスカイト太陽電池の仕組みと意義は、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が公式に解説している。技術背景と国家戦略上の位置づけを短時間で理解するための入口になる。
出典:NEDO関連解説動画「ペロブスカイト太陽電池ってなに?」
2. 政府ロードマップ—次世代型太陽電池戦略
経産省は2024年11月、「次世代型太陽電池戦略」を策定。シリコン系で中国メーカーに価格競争で敗北した教訓を踏まえ、ペロブスカイトでは初期から国産化・産業政策を組み合わせる方針を明確にした。
次世代型太陽電池戦略の主要数値目標
2025年度:国内市場の立ち上げ(実証案件・先進的需要創出)
2030年:GW(ギガワット)級の国内生産体制を構築
2040年:累計20GWの導入
発電コスト:2030年度までに14円/kWh以下を達成
NEDO GI基金:「次世代型太陽電池の開発」は着手時(2021〜2025年度)の事業規模498億円。その後、実証事業を含め拡充
政府部門率先導入
環境省は2026年3月、政府部門におけるペロブスカイト太陽電池の率先導入方針を示した。国の建物・公共施設にペロブスカイトを優先的に導入することで、初期需要を形成し、量産化のラーニングカーブを早期に立ち上げる方針。経産省・国交省・地方自治体への展開も予定されている。これは、初期需要を市場創出で人為的に作るという、シリコン系で日本が後手に回った教訓を踏まえた政策設計である。
3. NEDO GI基金の3つの開発トラック
NEDOは「次世代型太陽電池の開発」と「次世代型太陽電池実証事業」を2軸で展開。実用化に向けた技術開発・実証を、複数の企業コンソーシアムで並走させている。
第一の軸「次世代型太陽電池の開発」は、モジュールと周辺技術の量産技術開発を担う基盤トラックで、積水化学、パナソニックHD、リコー、エネコートテクノロジーズらが参加する。成果の一例として、パナソニックは2020年に802cm²の大面積モジュールで変換効率16.09%を記録し、その後も各社が数値を更新し続けている。第二の軸「次世代型太陽電池実証事業」は社会実装側を受け持ち、建材一体型・車載・農業利用などの実証を通じて耐久性・長期信頼性のデータを蓄積し、施工・回収・リサイクルの技術を確立していく。これらの成果を受けて2025年には、建材や農業ハウスへ安全に施工するためのフレキシブル太陽電池施工ガイドラインも公開された。
4. 企業の動き—商業化フェーズ
積水化学工業—フィルム型の世界初商業販売
2026年3月27日、積水化学が「SOLAFIL」を企業・自治体向けに販売開始。フィルム型ペロブスカイト電池の世界初の商業化となる。同社は大阪府堺市にGW級の製造ライン構築のため約3,100億円を投資し(うち約半額を経産省GXサプライチェーン構築支援事業で補助)、2027年度に100MWの供給体制を稼働開始予定である。この堺の拠点は、シャープが液晶パネルを生産していた堺工場の建物を一部取得して転用するもので、新設するより量産立ち上げの時間と投資を圧縮できる——需要がまだ読み切れない新技術で先行投資リスクをどう抑えるか、という現実的な判断がにじむ。
パナソニックHD—ガラス型・建材一体型
パナソニックは長期耐久性と高変換効率を重視し、ガラス型ペロブスカイトを開発。建材一体型太陽電池(BIPV、Building Integrated Photovoltaics)として、新築・改修ビルへの組み込みを想定している。透過型ペロブスカイトでの窓ガラス展開も研究中。
東芝・リコー・エネコートテクノロジーズ
東芝は印刷塗布技術によるフィルム型量産、リコーはIoT/小型機器向け室内光発電応用、エネコートテクノロジーズ(京都大学発スタートアップ)は屋根設置型および車載用途で開発を進める。
5. ペロブスカイトとシリコン系の関係—置き換えか共存か
ペロブスカイトが既存のシリコン系を置き換えるのではなく、「シリコンで実装困難な領域を補完する」位置づけが現実的である。両者は対立技術ではなく、適用領域が異なる相補的技術として共存していく。
シリコン系 vs ペロブスカイト 適用領域の住み分け
シリコン系が引き続き優位:
・メガソーラー(広大な土地、長期安定運用)
・住宅屋根(耐久性・コスト実証済み)
・大規模PPA案件
ペロブスカイトが優位:
・工場・物流施設の屋根(積載荷重制限あり)
・既存ビルの外壁・窓ガラス(BIPV)
・自動車ボディ・EV車体(軽量必須)
・農業ハウス(透光性が必要)
・トンネル・防音壁・道路インフラ
・IoT機器・室内光発電
タンデム化(ペロブスカイト×シリコン):
・変換効率は34%台後半を達成、理論的には40%超が視野。次世代の主流候補
タンデム太陽電池—変換効率35%への道
シリコン系の理論変換効率限界(29%)を超えるための方策が、ペロブスカイトとシリコンを積層したタンデム構造。可視光をペロブスカイトが、赤外光をシリコンが吸収することで、両者の長所を組み合わせる。実験室では34%台後半の変換効率が報告されており(2025年時点の世界記録は約34.85%——達成したのは中国のLONGiで、タンデムでも中国勢が先行する)、理論的には40%超の余地がある2030年代後半の本命技術と目される。
6. 課題—耐久性・原料・リサイクル
耐久性(ペロブスカイトの最大の課題)
ペロブスカイトは水分・酸素・紫外線・熱に対する安定性がシリコン系に比べて低い。シリコン系の保証期間が25〜30年であるのに対し、ペロブスカイトは製品として現状10年相当(積水SOLAFIL)で、封止技術・安定化材料・後処理プロセスの改良により、研究では20年級の見通しも出始めた段階。
鉛フリー化
現行ペロブスカイト材料の代表は鉛系(Pb)。RoHS規制等の観点から、鉛フリー(スズ系、ビスマス系等)の研究が活発化。変換効率はやや劣るが、環境面の議論が早晩本格化する。
リサイクルとサーキュラーエコノミー
ペロブスカイト電池のリサイクル技術は研究フェーズ。シリコン系で課題となった廃太陽光パネル問題(2030年代後半に大量発生予測)を、ペロブスカイトでは初期から織り込む必要がある。サーキュラーエコノミー設計を製造プロセスと並行で組み立てることが、社会実装の前提条件である。
7. 日系企業の事業機会—バリューチェーン別
- 素材・原料:ペロブスカイト前駆体(鉛ヨウ化物等)、有機材料、封止材料、透明電極(ITO、グラフェン等)—— 日本の化学・材料メーカーの強み領域
- 製造装置:印刷塗布装置、レーザー加工、封止プロセス—— 印刷機・半導体製造装置メーカーの参入余地
- セル・モジュール製造:積水化学、パナソニック、東芝、リコー、エネコート
- 施工・設置:ZEB事業者、建設会社、太陽光EPC事業者
- 用途開発:自動車(EV車体)、農業(営農型)、IoT・センサー、建材
- O&M・リサイクル:性能保証、リサイクル素材回収プロセス
8. 戦略的論点
論点①:中国メーカーの参入時期
中国メーカーもペロブスカイト量産化に向けた投資を加速。2027〜2028年頃に中国製の安価なペロブスカイトモジュールが市場参入する蓋然性が高い。日本企業はそれまでに、(1) フレキシブル・建材一体型などの差別化用途、(2) 国内製造基盤の規模効果、(3) 高耐久・高効率の技術優位、のいずれかを確立する必要がある。
論点②:政府の率先導入と需要創出
政府部門率先導入は短期的な需要創出として機能するが、規模は限定的。民間需要を本格的に動かすトリガーとして、(1) 改正建築物省エネ法での義務化、(2) ZEB・ZEH水準への組み込み、(3) 工場・物流屋根への補助金、(4) 自動車税優遇との連動などの政策パッケージが必要。
論点③:トランジション・ファイナンス
ペロブスカイト案件は初期段階で技術・市場リスクが高く、純粋な商業金融だけでは資金調達が困難。NEDO GI基金、JBIC、政策投資銀行、トランジション・ファイナンス枠などの公的資金と、民間ESGファンドの組み合わせが、案件ファイナンス設計の中核となる。
9. 業界横断の専門家ネットワークで事業化を加速する
ペロブスカイト太陽電池の事業化は、化学・印刷・電子デバイス・建材・電力・ファイナンス・規制対応など、多領域の専門性を統合する必要がある。社内人材だけでカバーするのは困難で、業界経験者の知見をピンポイントで活用する設計が、案件組成のスピードと質を決める。
こんなときに、Sasla
・ペロブスカイト事業の参入戦略を、化学・素材業界の実務者と議論したい
・建材一体型(BIPV)の施工・規制対応について、建設・設計事務所の経験者から学びたい
・シリコン×ペロブスカイトのタンデム技術動向を、デバイス開発者と議論したい
・政府部門率先導入案件の応札について、過去経験者の知見を借りたい
・自動車・IoT向け用途開発について、現場の応用開発者と意見交換したい
Saslaには、再エネ・素材・電力・建設・サステナブルファイナンスの実務経験者が業界横断で登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的な伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。
10. 「日本発技術の社会実装」の試金石
ペロブスカイト太陽電池は、宮坂力教授の発見以来15年で実験室から商業化フェーズに到達した、日本発・世界水準の技術である。シリコン系で日本が中国に競争で敗北した苦い経験を、初期段階からの産業政策・市場創出・規模効果の戦略的設計で乗り越えられるかが、2030年までの国家的試金石となる。
2026年の積水化学商業販売、2027年100MW供給体制、2030年GW級生産、2040年20GW導入——この時間軸を、業界・政策・市場の総合力で実現できるかが、日本の再生可能エネルギー主力電源化の重要な一翼を担う。
出典・参考資料
本稿で参照した主な一次資料。変換効率・投資額・導入目標は各公表時点のもの。
- 経済産業省「次世代型太陽電池戦略」(2024年11月)、GX2040ビジョンの導入目標
- NEDO「ペロブスカイト太陽電池モジュールで変換効率16.09%」(2020年)
- 積水化学「ペロブスカイト太陽電池SOLAFILの販売開始」(2026年3月)
- 環境省「政府部門におけるペロブスカイト太陽電池の率先導入」