2025年5月28日にGX推進法の改正が成立し(同年6月4日公布・令和7年法律第52号)、2026年度からGX-ETS(排出量取引制度)の第2フェーズが本格稼働する段階に入った。日本のCO2直接排出量が直前3年度の平均で10万トン以上の事業者——対象は300〜400社程度、温室効果ガス排出量のカバー率は約60%に達する——が、排出枠の保有を法的に義務づけられる。2023年度から自主参加で試行されてきたGXリーグの仕組みを、法的拘束力を持つ制度へ格上げするものだ。
ただし「2026年4月にすべてが一斉に動き出す」わけではない点は、最初に押さえておきたい。2026年度は規制対象となる最初の排出年度であり、無償割当の初回はその排出実績を踏まえて2027年度に行われ、排出枠の取引市場が開くのも2027年秋頃、そして排出実績と同量の排出枠を保有(償却)する義務の初回履行は2028年初頭——という時間差で進む。法的枠組みのスイッチが入るのが2026年度、実際にお金とモノが動くのはその先、という理解が正確だ。本稿では、産業構造審議会 排出量取引制度小委員会の中間整理(2025年12月)、内閣官房のカーボンプライシング専門WG資料など経産省の一次資料を踏まえ、制度設計・対象企業・割当方式・価格メカニズム・J-クレジット連携・企業の戦略論点を整理する。本稿で重視したいのは、制度の建付け以上に「この制度が実際にいくらの炭素コストを企業に課すのか」という点であり、これは価格の章で正面から扱う。
GX-ETS第2フェーズの要点(30秒サマリー)
いつから? 2026年度に法的枠組みが施行(初回割当は2027年度、取引市場の開設は2027年秋頃、初回の償却義務履行は2028年初頭)
根拠法は? 2025年5月28日成立・6月4日公布の改正GX推進法(令和7年法律第52号)
対象企業は? 直接排出CO2が直前3年度平均で10万トン以上の事業者(約300〜400社、日本の温室効果ガス排出の約60%をカバー)
第1フェーズとの違いは? 自主参加・自主目標 → 義務化・政府基準の割当量
第3フェーズとの違いは? 第2フェーズは無償割当(ベンチマーク/グランドファザリング)中心、第3フェーズ(2033年度〜)から段階的に有償オークション
価格は? 上下限価格(参考上限取引価格・調整基準取引価格)+GX推進機構の買いオペ。2026年度の案は下限1,700円/上限4,300円/t-CO2
違反時は? 未償却相当負担金(未償却量×参考上限取引価格×1.1)の納付
1. 成長志向型カーボンプライシング構想という土台
日本のカーボンプライシング政策は、2022年12月にGX実行会議で取りまとめられ、2023年2月10日に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」(成長志向型カーボンプライシング構想を含む)を起点とする。10年間で150兆円超の官民GX投資を実現するという目標のもと、構想は三つの柱で組み立てられている。第一に、GX経済移行債を活用した先行投資支援(10年間で20兆円規模)。第二に、カーボンプライシングによる投資インセンティブで、これが化石燃料賦課金(2028年度〜)と排出量取引(2023年度にGXリーグで試行、2026年度から本格稼働、2033年度から発電部門に有償オークション)の二本立てになる。第三に、GX推進機構による債務保証など新たな金融手法だ。
この構想の特徴は、「投資先行 → 将来財源で回収」というシークエンスにある。GX移行債で先に投資を支援し、賦課金(2028年〜)とオークション収入(2033年〜)で順次返済していく設計だ。投資側と回収側のリンクを明示的に持つ点は、欧州ETSと比べても日本独自である。ただし見落とされやすいのは、第2フェーズのETS自体は後述のとおり無償割当が中心で、政府収入をほとんど生まないことだ。20兆円の返済原資は主に賦課金と2033年以降のオークションであって、当面のETSではない。返済のロジックは、この先の財源に懸かっている。
2. GX-ETSの3フェーズ — 自主から義務へ
GX-ETSは、自主から義務へ、緩やかから厳格へと段階的に進む設計だ。第1フェーズ(2023年度〜)はGXリーグでの自主参加・自主目標・自主達成の試行で、2024年度には参加が747者に達し、日本の温室効果ガス排出の5割超をカバーした。第2フェーズ(2026〜2032年度)で、直接排出10万トン以上の事業者を対象に義務化され、政府が定める基準で割当量を算定する。第3フェーズ(2033年度〜)では発電部門の対策を強化し、有償オークションを段階導入していく。
いきなり義務化したEU/英国と違い、第1フェーズの実績データを土台に業種別ベンチマークを設計する漸進的なアプローチには、企業の予見可能性を高める利点がある。半面、その水準づくりが過去の延長線にとどまりやすいという弱点も抱える。自然エネルギー財団などは、ベンチマークの引き締めペースが過去の省エネ改善ペースを下敷きにしており、COP28で合意されたエネルギー効率改善の倍増といった国際的な野心と整合していない、と批判する。第2フェーズは自主目標をそのまま引き継ぐわけではない(法的義務へ移行している)が、現状追認的な水準設定では削減を駆動する力が弱くなりかねない、という論点は残る。
3. 対象企業と国際比較 — 「キャップ」の置き方が違う
対象の絞り込みには、各国で「設備単位」と「事業者単位」の違いがある。日本は事業者単位、EU/英国は設備単位、韓国は事業者単位(直接+間接)と、設計思想が分かれる。
各国排出量取引制度における制度対象の概要
EU・英国:設備単位。定格熱入力20MW超の燃焼設備等が基本対象で、小規模設備は約2.5万t-CO2を上限に制度から除外できる(オプトアウト)
韓国:事業者単位、12.5万t-CO2以上(直接+間接排出の合計)
日本(GX-ETS):事業者単位、直接排出10万t-CO2以上(直前3年度平均。間接排出は判定に含めない)
・対象事業者数:300〜400社程度/カバー率:日本の温室効果ガス排出量の約60%
制度設計上は、省エネ法・温対法と整合させつつ諸外国と同程度の排出源を捕捉するという制約のもとで、「事業者単位・直接排出10万トン」が選ばれた。判定に用いるのは直接排出(おおむねScope 1)のみで、電力・熱の使用に伴う間接排出(Scope 2)は閾値判定に含めない。韓国が直接+間接の合計で判定するのとは、この点で考え方が異なる。
ここで一点、構造的な違いを補っておきたい。EU・英国・韓国は、国の排出予算からトップダウンで排出枠の総量上限(キャップ)を設定し、それを年々絞っていく。対してGX-ETSは、施設・事業者ごとのベンチマーク/グランドファザリングによる割当を積み上げ、事後的に総量が定まるボトムアップ型だ。絶対量の割当が無いわけではないが、国の削減目標(NDC)と総量との関係が制度上はっきり結びついていない。希少性をどこまで作り出せるかが価格に直結するだけに、ここはEU型との本質的な差として意識しておきたい(自然エネルギー財団もこの点を指摘している)。
4. 割当方式 — ベンチマークとグランドファザリング
排出枠の無償割当は、業種特性に応じて2方式を使い分ける。
ベンチマーク方式(エネルギー多消費業種中心)
業種ごとに、各社の製品生産量あたりの排出原単位を比較し、同業種内の上位X%水準をベンチマークとして設定する。これに各社の基準活動量(制度開始直前3年度=2023〜2025年度の生産量等の平均)を乗じて割当量を算定する。計算式は割当量=基準活動量 × 目指すべき排出原単位。検討対象業種は、石油精製、鉄鋼、化学(石油化学、ソーダ、カーボンブラック)、紙パルプ、セメント、石灰製造、アルミ、ゴム製品、板ガラス、ガラスびん、自動車など。発電部門は別WGで検討されている。
グランドファザリング方式(ベンチマーク設定が困難な業種)
過去の排出実績を基準に、毎年度一定比率で割当量が減っていく方式だ。計算式は割当量=基準排出量 ×(1 − 目指すべき削減率 × 基準からの経過年数)。ベンチマーク水準・削減率はいずれも段階的に引き下げられ、企業のGX投資インセンティブを維持する設計になっている。
ベンチマーク方式は「同業他社との比較で効率の良い企業が報われる」、グランドファザリング方式は「過去実績から一律で削減する」。自社にどちらが当たるかで、排出削減戦略も、業界WGでの立ち回りも大きく変わる。
5. 価格メカニズム — 上下限価格と、その「穏やかさ」
排出枠取引市場の整備・執行は、2024年7月に設立されたGX推進機構(脱炭素成長型経済構造移行推進機構)が担う。価格が極端に振れて事業活動に支障が出ないよう、政府は毎年度、上限価格として参考上限取引価格(改正法第39条)、下限価格として調整基準取引価格(第116条)を設定する。
そして2025年12月の小委員会では、第2フェーズ初年度にあたる2026年度の具体的な水準案として、下限の調整基準取引価格を1,700円/t-CO2、上限の参考上限取引価格を4,300円/t-CO2とする案が示された(経済産業省 第7回 排出量取引制度小委員会、中間整理段階の案)。2027年度以降は、前年度価格に物価上昇率の見通しと実質3%を上乗せして毎年度設定される方式だ。
価格高騰時・低迷時の措置
価格高騰が一定期間続き取引が困難になったと大臣が告示した場合、不足する事業者は参考上限取引価格 × 不足分の支払いによって義務を履行したものとみなされる(みなし履行、第40条)。逆に市場価格が下限を一定期間下回って低迷する場合は、GX推進機構が排出枠を買い入れるリバースオークションで流通量を調整し、あわせて割当基準の強化を検討する。
不履行時のペナルティ
保有義務の未履行分については、未償却相当負担金として「未償却量 × 参考上限取引価格 × 1.1」の納付を求める(第41条。参考までに東京都の制度は1.3倍)。なお、EU ETSの排出枠価格は2023年に年平均€84/t、2024年は€65/t(約1万円/t超)の水準にあった。
この制度はいくらの炭素コストを課すのか
ここで、価格メカニズムの含意を率直に述べておきたい。第2フェーズの割当は無償が中心で、しかも価格は下限1,700円〜上限4,300円という比較的狭い帯(価格カラー)に収まる設計だ。€65/t=1万円超で推移したEU ETSと比べれば、企業に課される実質的な炭素コストはかなり低い。上限を払えば義務を果たせる「みなし履行」と、下限を政府の買いオペで支える仕組みは、見方を変えれば排出枠価格を一定レンジに固定する装置であり、アナリストの中には「実質的には炭素税のレンジに近い」と評する向きもある。第2フェーズは確かに「カーボンを内部コストへ取り込む入口」だが、その入口で課されるコストは、設計上かなり穏やかだ。過度な負担を恐れて身構えるのも、逆に「どうせ無償だから」と軽視するのも、どちらも判断を誤る。
6. 算定・確認・登録確認機関
排出量の算定では、計測機器の精度に目指すべき水準が定められている。例えば液体燃料の使用量は、年間5,000kl以上で±2.0%以内、500kl以上5,000kl未満で±3.5%以内、500kl未満で±5.0%以内、電力は9,000万kWh以上で±1.0%以内と、規模に応じて要求精度が変わる。制度対象事業者は、排出枠割当の基礎となる排出目標量の届出と、保有義務量確定の基礎となる排出実績量の報告のいずれについても、登録確認機関の確認を受けなければならない。第三者検証を制度化した形だ。
- 登録確認機関になろうとする者は、事前に経産大臣への登録申請が必要
- 登録は5年ごとに更新
- 大臣は報告徴収等で業務状況を確認し、必要な場合は適合命令・改善命令
登録確認機関には、温室効果ガス審査協会の既存機関に加え、公認会計士協会・監査法人系の新規参入も見込まれる。日本公認会計士協会は小委員会にオブザーバーとして参加している。検証の担い手が監査の世界へ広がりつつあるのは、排出データが財務情報に近い厳格さを求められ始めた証左だ。
7. 移行計画の策定義務
対象企業には、2050年カーボンニュートラルに向けた排出削減目標等を含む移行計画の策定・提出が義務づけられる。2030年度の直接・間接排出の削減目標など中長期の見通しは、国が集計・公表する。これは単なる開示要件ではなく、カーボンプライシング負担と移行戦略との整合性を、投資家・取引先・規制当局が検証可能にする仕組みである。TCFD/ISSB S2の「移行計画」開示要件とも連動し、ESG投資の評価軸に直結していく。
8. 活動量変動への対応 — 成長企業を罰しない設計
排出量取引の難所のひとつが、「生産が増えれば排出も増える」という構造だ。活動量の増加にそのままペナルティが付くと、経済成長を抑制する制度になってしまう。経産省の事務局案では、製造業の設備稼働率変動の通常範囲を前年比±7.5%と統計的に置き、これを超える活動量変動が生じた場合に限って割当量を調整する方針が示されている。リーマンショックやコロナ禍のような特異年を除けば±7.5%が通常変動の範囲、という統計的根拠に基づく設計だ。
9. J-クレジット制度との接続
GX-ETSとは別系統で運用されるJ-クレジット制度(国内の温室効果ガス削減・吸収量を国が認証)は、GX-ETSの排出枠保有義務の履行に活用できる方向で詳細設計が進んでいる(適格な種類・換算・量的上限などの相互運用ルールは検討中)。
J-クレジット制度の認証量(J-クレジット制度事務局 データ集 2026年3月版より)
累計認証量は2026年3月時点で約1,333万tCO2(移行プロジェクトを含む)。
手法別の内訳では、森林経営活動が約209.5万tCO2(約18%)を占め、近年その比重が高まっている。
主なカテゴリー:再エネ電力・再エネ熱、省エネ、森林経営、その他工業プロセス・農業等
森林クレジットの拡大は、地方創生・林業活性化との接続点として注目される。一方、需要側(クレジット購入企業)には注意がいる。SBT(科学的根拠に基づく目標)のネットゼロ基準では、クレジット(オフセット)はScope 1〜3の削減目標そのものには算入できない。9割以上の削減を達成したうえで、ネットゼロ時点の残余排出(最大1割程度)を永久除去で中和する、という位置づけだ。つまり、クレジットでGX-ETSの履行を満たしても、それがSBTの削減達成には効かない。GX-ETSの「コンプライアンス」とSBTの「削減目標」は別の物差しである——これを調達戦略の前提に置く必要がある。
10. ボランタリー市場との関係
GX-ETSとJ-クレジットは国内・公的市場だが、企業のカーボンニュートラル目標の達成には、ボランタリー市場(Verra、Gold Standard、ACR、CAR等)のクレジットも併用される。
- Verra(VCS:Verified Carbon Standard):世界最大の基準。発行クレジット数で過半を占める
- Gold Standard:WWFが立ち上げ。SDGsとの連動を重視
- ACR(American Carbon Registry):米国系
- CAR(Climate Action Reserve):北米系
ただし、安いクレジットを買えばよいという時代はとうに終わった。2023年以降、ボランタリー市場では森林・REDD+クレジットの環境健全性をめぐる批判が続いている。追加性(クレジット販売がなければ実施されない削減か)、永続性(吸収した炭素が長期に維持されるか)、リーケージ(他地域への排出移転がないか)の3点が常に問われ、出所や検証プロセスを社内で説明できないクレジットは、そのまま評判リスクの源泉になる。ICVCM(Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)のCCP(Core Carbon Principles)認証など、品質を保証する第三者基準も整備が進む。なお、ボランタリー市場のクレジットがGX-ETSの履行にそのまま使えるとは限らない点も、調達設計では押さえておきたい。
11. 企業の戦略的論点
制度の枠組みが固まりつつある今、企業に求められる対応を整理する。
論点① 対象判定とガバナンス体制
まず自社がGX-ETS対象に該当するかの判定だ。グループ会社や密接な関係にある子会社の扱いを含め、対象判定の境界線を社内で確定する必要がある。経営企画・サステナビリティ・経理・法務を巻き込んだ横串プロジェクトとして立ち上げるのが現実解になる。
論点② ベンチマーク交渉と業界WG参画
業種別のベンチマーク水準は、産業構造審議会のWGで検討が続いている。業界団体経由でWGに意見を出すことで、自社の競争ポジションに有利な設計を引き出せる余地がある。とくに業種内で排出原単位の高い企業は、移行期間や減免措置の議論で発言権を確保しておきたい。
論点③ 排出枠取引市場での運用方針
排出枠を「足りない時に買う」のか「余った時に売る」のか。取引業者の市場参加が認められるため、商社・金融機関を活用する選択肢も広がる。ただし注意したいのは市場の成熟度だ。取引市場の開設は2027年秋頃で、当面の参加者は無償割当を受けた300〜400社が中心。市場が育つまでは流動性が薄く、価格カラーが値幅を抑えることもあって、先物・オプションによるヘッジが本格的に機能するのはもう少し先になる。それでも、排出枠を金融商品として扱う視点は、財務部門にとって新しい論点だ。
論点④ クレジット調達戦略
J-クレジット、ボランタリー市場、パリ協定6条のクレジットなど、複数ソースの調達ポートフォリオをどう組むか。価格・品質・SBTでの扱い・レピュテーションリスクという複数の軸で評価設計が要る。前述のとおり、GX-ETSの履行に使えるクレジットとSBTに算入できるクレジットは別物である点が、設計を一段複雑にする。
論点⑤ 自社削減という王道
突き詰めれば、排出枠やクレジットを買い続けるより、自社で削減するほうが長期的にコスト効率が高い場面が多い。再エネのコーポレートPPA、省エネ設備投資、サプライチェーンのScope 3削減。GX経済移行債20兆円の支援メニューと組み合わせれば、移行コストの実質負担を抑えられる。
12. M&Aにおけるカーボン会計の論点
GX-ETS対象企業のM&Aでは、カーボン会計が新たなDD項目になる。買収候補の排出枠保有状況、ベンチマーク適用見込み、不履行リスクは、将来キャッシュフローを直接左右する。とくに割当基準が年々強化される設計のため、「現時点で適合していても2028〜2030年に不足する」という将来の枠不足を見込んだモデルの試算が必須になる。なお留意点として、初回の償却が2027年以降で確立した流通価格がまだ無いため、カーボン負債の評価が難しいこと、カーブアウトや事業譲渡で無償割当がそのまま移転するとは限らないことも、DDの実務的な穴になりやすい。
逆に、排出効率の良い事業や、J-クレジットを創出できる事業(森林保有、再エネ発電所、省エネ設備)は、カーボン資産として再評価される。事業ポートフォリオの組み換えで、カーボン制約下のROIC最大化を狙う動きは、すでに大手で始まっている。
13. 今後の論点 — 2028年・2033年に向けて
2026年度の制度開始は出発点にすぎない。次の節目は2028年度の化石燃料賦課金導入と、2033年度の発電部門の有償オークション導入である。
- 化石燃料賦課金(2028年〜):化石燃料の輸入・採取という川上に課税。電力・ガス料金や燃料価格に転嫁され、消費者・産業界全体に波及(導入当初の負担はガソリン換算で1リットル1円未満との試算)
- 発電有償オークション(2033年〜):発電事業者の排出枠を有償化。電力卸価格に直接転嫁され、需要家の電力コストに影響
この二つは別々の制度に見えて、相互に作用する。賦課金は化石燃料の川上に効き、価格転嫁を通じて広く波及する。一方でETSは企業単位の川下に効く。同じ一トンが両方で二重に負担されないよう、賦課金とETSをどう調整するかが設計上の論点になる。そして発電部門の有償化を2033年まで遅らせる理由は、技術論というより電気料金の政治だ。発電事業者に排出枠を有償で買わせれば、そのコストは卸電力価格から電気料金へまっすぐ転嫁され、家計と産業界の反発を招く——この遅延は、政治的な配慮の結果と見るのが自然だ。いずれにせよ「GX-ETS対象外だから関係ない」では済まないのが、カーボンプライシング政策の本質である。
こんなときに、Sasla
・GX-ETS対象企業に該当するか、グループ会社・子会社の扱いを含めて整理したい
・業種別ベンチマーク設計のWG動向や、業界団体経由の意見提出戦略を相談したい
・排出枠取引市場での運用方針(買い・売り・ヘッジ)、商社・金融機関の活用について実務者の視点を聞きたい
・J-クレジット、ボランタリー市場、パリ協定6条のクレジット調達ポートフォリオを設計したい
・M&AでカーボンDDをどう組み込むか、業界経験者と論点整理したい
・移行計画の策定で、GX移行債との連携を含めた投資計画を立てたい
Saslaには、サステナブルファイナンス、カーボン会計、エネルギー金融、商社系カーボン取引、コンサルティングファームの GX戦略担当者など、業界横断のサステナビリティー専門家が登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。
14. カーボンプライシングは「経営の前提条件」へ
2026年度の本格稼働は、日本企業にとってカーボンを「外部性」から「内部コスト」へ取り込む分岐点である。EU-ETSが始まったのは2005年。20年遅れの日本の本格稼働には、その間に蓄積された欧州の運用経験を参照できる利点がある一方、すでにグローバル市場ではカーボン管理能力が事業競争力の前提になっているという厳しさもある。
第2フェーズ(2026〜2032年度)、とりわけ化石燃料賦課金が加わる2028年度までの数年は、企業が制度に慣れる移行期間でもある。この間に体制とデータ基盤、社内KPI、投資判断ロジックを整えることが、割当が年々絞られ、2033年の有償化と賦課金が効いてくる先のフェーズで効いてくる。前述のとおり、第2フェーズの炭素コストは設計上かなり穏やかだ。だからこそ——コストが軽いうちに、排出効率の改善、クレジット創出能力、低炭素技術への投資という模倣困難な資産を積み上げておく。価格が本格的に効き始める前にできる最大の備えは、そこにある。
15. GX-ETS第2フェーズに関するよくある質問
Q1. GX-ETS第2フェーズとは何ですか?
GX-ETS(Green Transformation–Emissions Trading Scheme)第2フェーズは、日本の排出量取引制度の本格稼働段階で、2026年度に法的枠組みが施行されます。直接排出CO2が直前3年度平均で10万トン以上の事業者(約300〜400社)に、排出枠の保有を法的に義務化する制度です。2025年5月28日成立・6月4日公布の改正GX推進法(令和7年法律第52号)が根拠で、第1フェーズ(GXリーグの自主参加)からの転換となります。ただし初回の無償割当は2027年度、取引市場の開設は2027年秋頃、初回の償却義務履行は2028年初頭と、時間差で進みます。
Q2. GX-ETS第2フェーズの対象企業はどのように決まりますか?
「事業者単位、直接排出CO2(おおむねScope 1)が直前3年度平均10万トン以上」が基準で、間接排出(Scope 2)は判定に含めません。約300〜400社が対象となり、日本の温室効果ガス排出量の約60%をカバーします。設備単位(定格熱入力20MW超が基本、小規模は約2.5万トンを上限に除外可)のEU/英国、事業者単位で直接+間接合計12.5万トンの韓国とは設計思想が異なります。
Q3. GX-ETS第1フェーズと第2フェーズの違いは何ですか?
第1フェーズ(2023年度〜)はGXリーグへの自主参加・自主目標・自主達成。2024年度時点で747者が参加し、日本の温室効果ガス排出の5割超をカバーしました。第2フェーズは法的義務化で、政府基準による割当量算定(ベンチマーク/グランドファザリング)と、排出実績と等量の排出枠保有を求めます。第1フェーズの実績データを業種別ベンチマーク設計に活用する漸進的設計が特徴ですが、その水準が現状追認的で削減野心が弱いとの批判もあります。
Q4. GX-ETS第2フェーズの排出枠はどのように割り当てられますか?
業種特性に応じて2方式を使い分けます。ベンチマーク方式(エネルギー多消費業種中心):業種内の上位X%水準を製品生産量あたり原単位として設定し、各社の基準活動量(2023〜2025年度平均)を乗じて算定。グランドファザリング方式(その他業種):過去実績ベースで割当。いずれも無償割当が中心です。価格は上下限価格(参考上限取引価格・調整基準取引価格)+GX推進機構の買いオペで安定化し、2026年度の案は下限1,700円・上限4,300円/t-CO2です。
Q5. GX-ETS第2フェーズと第3フェーズはどう違いますか?
第2フェーズ(2026〜2032年度)は無償割当中心でソフトランディング設計。第3フェーズ(2033年度〜)は発電部門への対策強化と、段階的な有償オークション導入が特徴で、発電事業者から特定事業者負担金を徴収します。あわせて化石燃料賦課金が2028年度から先行導入されます。発電の有償化を2033年まで遅らせる背景には、コストが電気料金へ転嫁されることへの政治的配慮があります。
Q6. GX-ETS第2フェーズでJ-クレジットは活用できますか?
活用できる方向で詳細設計が進んでいます。J-クレジットやJCM(二国間クレジット制度)が排出枠不足時の調整オプションとして想定されますが、適格な種類・換算・量的上限などの相互運用ルールは検討中です。なお、クレジットでGX-ETSの履行を満たしても、SBTの削減目標達成には算入できない点(コンプライアンスと削減目標は別の物差し)に注意が必要です。
Q7. GX-ETS第2フェーズ対象外の中堅・中小企業は無関係ですか?
直接的な義務は対象外ですが、サプライヤー側の影響を受けます。対象大手のScope 3排出量管理のために、取引先である中堅・中小企業への排出データ提出要請が増加。CBAM(EU炭素国境調整措置)と合わせて、サプライチェーン全体での炭素管理能力が競争力の前提となります。