CCS(Carbon dioxide Capture and Storage、二酸化炭素回収・貯留)は、CO2を排出源で回収し、地中・海底下に貯留して大気中への放出を防ぐ技術だ。日本では2024年5月にCCS事業法が公布され、段階施行を経て2026年5月に全面施行された。経産省は2030年までに年間600〜1,200万トンの貯留量確保に目途を付け、2050年には年間1.2〜2.4億トン規模を目指す。JOGMECは「先進的CCS事業」として2023年度に事業性調査7件を選定し、2024年度には設計作業等の対象として9件(国内5件+アジア・大洋州4件)を改めて選定した。以下、CCS事業の参入機会を回収・輸送・貯留・MRV(測定・報告・検証)の4軸で整理し、商社・エンジニアリング・地質・エネルギー会社・スタートアップそれぞれの入り口と、参入判断を左右する制度の現在地を見ていく。

1. CCS市場の全体像

IEAのネットゼロシナリオでは、CCS/CCUS/DAC合計で2030年に年間約12億トン、2050年に約60億トンのCO2回収が必要とされる。これに対し、世界で実際に稼働している回収容量は年間約6,400万トン・77施設(Global CCS Institute「Global Status of CCS 2025」)にとどまり、必要量との差は依然として大きい。日本の政府目標(2030年に600〜1,200万トン、2050年に1.2〜2.4億トン)も、逆算すれば2020年代末から商用プロジェクトを毎年積み上げなければ届かない水準であり、「これから立ち上がる市場」であることこそが参入機会の源泉になる。

2. CCSバリューチェーンの4段階

CCS事業は① 回収 → ② 輸送 → ③ 貯留 → ④ MRVの4段階。各段階で異なるプレイヤーが参入可能。

① 回収(Capture)

  • 排出源:火力発電、製鉄、化学、セメント、製油、ガス処理、廃棄物発電
  • 技術方式:化学吸収(アミン、ホットカーボネート)、物理吸収、膜分離、固体吸収材、酸素燃焼、ケミカルループ
  • コスト:排出源のCO2濃度で大きく変わる(高純度源は安価、希薄な燃焼排ガスは高価)

② 輸送(Transport)

  • パイプライン:陸上・海底、長距離大量輸送に最適
  • 船舶:液化CO2船による海上輸送、日本の島国地理に適合
  • トラック・鉄道:小規模・短距離向け

③ 貯留(Storage)

  • 陸上深部塩水帯水層:苫小牧、新潟等
  • 海底下帯水層:日本周辺海域(苫小牧沖、首都圏沖、九州西部沖など)
  • 枯渇油ガス田:豪州、東南アジア
  • 石炭層・玄武岩:研究段階

④ MRV(Monitoring/Reporting/Verification)

  • 監視技術:地震モニタリング、衛星リモートセンシング、井戸内測定
  • 報告システム:CO2注入量・残存量・移動の継続記録
  • 第三者検証:ISO 27914、ISO 27916等の国際基準

3. 「先進的CCS事業」の選定状況

JOGMECは2023年度に事業性調査7件を選定し、2024年度には設計作業等の対象として9件を改めて選定した。内訳は国内5件(苫小牧地域、日本海側東北地方、東新潟、首都圏、九州西部沖)と海外4件(マレー半島沖北部・南部、サラワク沖、大洋州)で、合計で年間約2,000万トンの貯留を目標に、いずれも2030年度までの貯留開始を目指す。国内では30万トン実証を終えた苫小牧が先頭を走り、首都圏案件は京葉・京浜の重工業地帯のCO2集約を、東新潟は油ガス田の知見活用を想定する。海外はPETRONASと連携するマレーシア3案件に、三菱商事・日本製鉄等が参画する大洋州案件が続く。

制度面のゲートも実際に動き始めた。2025年2月に苫小牧沖がCCS事業法に基づく最初の特定区域に指定され、同年9月にはJAPEXが同法に基づく試掘許可の第1号を取得、12月末には1号井の試掘が始まった。苫小牧の商用事業(JAPEX・出光興産・北海道電力)は2030年度内の貯留開始・年間150〜200万トン規模を目標に掲げる。千葉県の九十九里沖も2025年9月に特定区域に指定されており、「特定区域指定→試掘→事業者選定」という参入プロセスは、もはや構想ではなく前例を持つ手続きになっている。

4. 参入機会別の戦略

大手エネルギー会社

ENEOS、INPEX、JERA、J-POWERといった大手エネルギー会社は、製油所・発電所という排出源そのものと、パイプライン・船舶・海洋開発の既存インフラを併せ持つ。自社排出のCCS整備を起点に輸送・貯留事業へ広げ、先進的CCS事業への参画で商用化の座組みに入るのが基本線だ。実際、九州西部沖の案件にはENEOSと電源開発が名を連ねる。

商社

三菱商事、三井物産、住友商事、伊藤忠、丸紅、双日の強みはクロスボーダーの事業組成力にある。豪州・東南アジア・北米での貯留事業の組成、排出源と貯留地のマッチング、CO2輸送・貯留の長期契約化が主戦場で、先進的CCS事業の大洋州案件には三菱商事等が参画する。国内に貯留適地の少ない排出企業にとって、海外貯留への「輸出ルート」を握るのは商社になる可能性が高い。

建設・エンジニアリング

千代田化工建設、日揮、東洋エンジニアリングなどのエンジニアリング会社は、CO2回収プラントのEPCからパイプライン、液化CO2の出荷・受入設備まで、バリューチェーンの設備側をほぼ全域カバーできる。回収技術のライセンスと組み合わせた提案力が差別化軸になる。

地質・地下技術

地下の評価と掘削はJAPEX(石油資源開発)や産業技術総合研究所などが担い、貯留サイト選定・井戸設計・長期モニタリングの技術的な関門を握る。JAPEXがCCS事業法に基づく試掘許可の第1号を取得したことは、この層が商用化の最初のゲートを通す存在であることの証左でもある。

海運・物流

日本郵船、商船三井、川崎汽船には液化CO2船という新造船市場が立ち上がる。国内の貯留適地が偏在する日本では船舶輸送がパイプラインを補完する前提であり、港湾の受入基地整備と長期輸送契約が事業の核になる。

スタートアップ

MRV SaaS、新規回収材料、DAC(直接空気回収)、CO2利用(CCU)等。技術差別化+資本効率がコア。

5. 経済性と政府支援

コスト構造

総コストの大半を占めるのは分離回収である。CO2濃度の高い水素・アンモニア製造やエタノール発酵の排出源は安く、濃度の低い火力発電や製鉄の高炉ガスは高くつく——この濃度差が、どの排出源から商用化が始まるかをほぼ決める。NEDOのグリーンイノベーション基金「CO2分離回収等技術開発」は、2030年に回収コスト2,000円台/t-CO2という目標を掲げて技術側からこの壁に挑んでいる。

政府支援メカニズム

それでもCCSの総コストは現状の炭素価格水準を大きく上回るため、経済ギャップを埋める支援制度の設計が参入判断の核心になる。事業化前の調査はJOGMECが支援し、事業期の収入を支える仕組みはCCS事業法とは別枠で、資源エネルギー庁のワーキンググループが値差支援・拠出金を柱に2025年から制度設計を進めている。この設計次第で採算ラインが動くため、参入を検討する企業が最優先で追うべき論点はここだ。GX-ETSの排出枠との連動も、CO2削減価値を経済化するルートとして併走する。

6. 海外動向との比較

北米は45Q税額控除が牽引する。貯留はCO2 1トンあたり最大$85で、2025年のOBBBA改定により利用(EOR/CCU)も貯留と同額に統一された(排出源からの回収は$85、DAC回収は$180)。CCS専用のClass VI井戸許可制度も整い、事業数では世界を先行している。欧州はNet-Zero Industry Actで域内のCO2貯留能力目標を掲げ、ノルウェー・英国・オランダの北海連携が核だ。ノルウェーのNorthern Lightsは2025年に商用のCO2受入・圧入を開始した。

一方で豪州のGorgon(シェブロン主導・世界最大級)は、回収率が認可条件の5年移動平均80%を下回り続けており、技術的に「できる」ことと計画どおり「回る」ことの距離を示す代表例として参照される。ティモール海の枯渇ガス田を使うBayu-Undan構想のように、アジア太平洋では国境をまたぐ貯留連携も具体化しつつある。

7. CCS事業法の論点

2024年5月公布・2026年5月全面施行のCCS事業法は、試掘権・貯留権という地下の利用権を創設し、経産大臣の許可制のもとで事業者の経理的・技術的能力を審査する。注入中から事業終了後まで長期のモニタリング義務を課し、閉鎖後は一定の要件を満たせば管理業務がJOGMECへ移管される。「所有者のいない地下空間」に事業権を設定した点で画期的な法律だが、収入支援はこの法律の外側(前述の支援制度WG)で設計されている。法と支援策の両方を見なければ、事業性は判断できない。

8. CCUS(利用付随)の事業機会

CO2を貯留せず利用するCCUS(Carbon Capture, Utilization & Storage)の事業領域も拡大。

  • EOR(石油増進回収):北米・中東で実用化
  • 合成燃料・e-メタノール:CO2+水素から燃料
  • CO2吸収コンクリート:硬化過程でCO2固定
  • 農業利用:植物栽培のCO2施肥
  • 化学品原料:プラスチック、化学品の合成

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9. DAC(直接空気回収)の参入

排出源ではなく大気から直接CO2を回収するDACは次世代技術。コストは現状$600〜$1,000/tCO2と高いが、長期で$100〜$200/tCO2に下げる目標。

  • Climeworks(スイス):アイスランドでOrca/Mammothを運転
  • Carbon Engineering(カナダ):2023年にOccidental Petroleumが約11億ドルで買収
  • Heirloom(米国):石灰石を用いた鉱物ルーピング方式
  • 1PointFive(米国):テキサスの商用DAC施設「Stratos」が2025年に稼働開始

日本ではNEDO、産総研、東芝、三菱重工が研究開発を進める。

10. 投資家・ファンドの参入

資金の出し手は事業の成熟度で入れ替わる。技術段階ではエネルギー・商社・化学系のCVCや欧米のクライメート特化ファンド(Brookfield、TPG Rise等)がリスクマネーを供給し、建設期には事業会社のストラテジック投資、運転期に入れば長期の安定キャッシュフローを求めるインフラファンドが受け皿になる。国内では政府系のJIC(産業革新投資機構)も候補だ。どの資本がどの段階で入るかを設計に織り込むことが、CCSのような超長期事業では特に重要になる。

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11. 中小・地域プレイヤーの参入機会

CCSは大手の座組みが目立つが、中堅・中小の入り口もある。地方の中小工場のCO2を集約するアグリゲーション、液化CO2輸送を支える港湾・物流、貯留サイト調査を担う地質コンサル・調査会社、MRV用のセンサー・IoT機器、そして許認可対応や地域の合意形成を支える法務・専門サービス——いずれも、大手の商用プロジェクトが動き出すほど需要が生まれる周辺領域だ。ハブ&クラスター型の事業構造になるほど、この「周辺」の裾野は広がる。

12. リスクと留意点

リスクは地下と地上の両方にある。地下側は、貯留サイトの地質が想定に合わない・CO2が漏洩するといった地質リスクと、注入に伴う誘発地震の懸念。地上側は、数十年に及ぶモニタリングと責任の長期性、地域住民や漁業との合意形成、許認可の遅延・制度変更といった規制リスク、そしてCCS需要とCO2価格が想定を下回る市場リスクである。Gorgonの実績が示すように、技術的に成立することと事業計画どおりに回ることの間には距離があり、この差を織り込んだ保守的な事業設計が求められる。

よくある質問(FAQ)

Q. CCS事業の収益構造は?

主な収入源は①排出源から受け取る処理料(tipping fee)、②政府の支援制度に基づく支援金、③カーボンクレジット創出による収益(GX-ETS連動)、④EOR利用の場合の原油追加生産。長期の収入支援はCCS事業法とは別枠で、値差支援・拠出金等を柱とする制度設計が資源エネルギー庁のWGで進められている。

Q. 苫小牧実証と商用化の違いは?

苫小牧実証は2016〜2019年に約30万トンのCO2を圧入した国内初の大規模実証で、技術的可能性は確認済みだ。商用化はそこから桁が上がる。苫小牧の商用事業は年間150〜200万トン規模を目標としており、複数排出源からの集約と長期の事業性確立が課題になる。

Q. 海外CCS事業への日本企業の関わり方は?

商社が主導するJV、エネルギー会社の海外子会社経由、輸送・貯留サービスの長期契約、CO2クレジット購入、技術ライセンス等多様。豪州、東南アジア、北米が主要パートナー候補。

Q. CCSは「化石燃料延命策」との批判にどう対応するか?

批判は欧州NGO中心に強い。対応として、①再エネ最大限導入の前提、②残余排出への限定適用、③ライフサイクル排出評価(LCA)、④第三者検証、⑤透明な情報開示を組み合わせる。

Q. スタートアップが入り込める領域は?

MRV SaaS、新規回収材料・プロセス、DAC、CCU、デジタルツインによる地下監視、CO2クレジット取引プラットフォーム等。資本効率と差別化技術が鍵。

Q. CCS事業の他国比較で日本の優位性は?

海洋国家としての地理的優位(液化CO2船による海上輸送が容易)、商社による海外プロジェクト組成能力、エンジ会社のEPC実績、地震多発国としてのモニタリング技術蓄積。一方、地質構造の制約、社会受容性の課題もある。

Q. 排出源・貯留地のマッチングの実務は?

排出源の規模・濃度・立地と、貯留地の容量・地質・距離をマッチング。複数排出源を集約した「CCSハブ」設計が経済性を高める。東京湾・伊勢湾・関西湾岸・北部九州が主要候補地域。

こんなときに、Sasla

・CCS事業参入の事業性(コスト・売上・規制)を業界専門家と評価したい
・回収・輸送・貯留・MRVの各段階の参入戦略を整理したい
・JOGMEC先進CCS事業への参画機会の論点整理
・海外CCS事業(豪州・東南アジア・北米)との連携検討
・CCSスタートアップへの投資DDの実行
・社会受容性・地域対話の進め方

Saslaには、エネルギー会社のCCS担当者、JOGMEC・産総研の研究者、商社の海外プロジェクト担当、建設・エンジ会社のEPC実務者、地質コンサルタント、海運の液化CO2輸送研究者、CCS関連のスタートアップ・投資家が登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。

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13. 「貯める」から「利用する」へ、技術と事業の進化

CCSは「化石燃料を温存する技術」ではなく、「あらゆる脱炭素手段が尽きた後の残余排出を処理する技術」として、IPCC・IEAいずれもNet Zero達成に不可欠と位置付ける。鉄鋼・セメント・化学・廃棄物等のHard-to-Abateセクター、ネガティブエミッション(DAC、BECCS)として、長期的に大規模な事業機会が見込まれる。

2026〜2030年は、CCS事業法の全面施行、特定区域指定と試掘の進行、支援制度の確定、先進的CCS事業の商用化判断が重なる時期に当たる。参入ゲートが一つずつ確定していくこの数年に座組みへ入れるかどうかが、2030年代の事業ポジションをほぼ決める。制度・地質・座組みの三つを同時に読める体制を持つことが、参入判断の実務的な出発点になる。

出典・参考資料

本稿で参照した主な一次資料。容量・コスト・政策スケジュールは各公表時点のもので、最新の改定で変わりうる。