鉄鋼業は日本の産業部門CO2排出量の約4割を占める最大の排出セクター。日本鉄鋼業全体のScope 1+2排出量は2019年度で1億3,280万トン(高炉128.1百万t+電炉4.7百万t、日本鉄鋼連盟試算)。2030年NDC(▲46%、2013年度比)達成と2050年カーボンニュートラル実現には、高炉プロセスの抜本転換が国レベルで不可欠とされる。日本鉄鋼連盟は2018年「ゼロカーボン・スチールへの挑戦」、2021年策定(2023年Version 2.0改訂を経てGXスチールガイドラインへ改称)の「グリーンスチールに関するガイドライン」、worldsteelは2024年11月に同ガイドラインを土台とする国際標準Ver.1を発行——日本主導の国際枠組み形成も並走する。本稿では、日本鉄鋼連盟資料、経産省GX製品検討会、環境省バリューチェーン検討会、自然エネルギー財団レポートを踏まえ、水素還元製鉄、マスバランス方式、CBAM対応、業界戦略を包括整理する。

1. なぜ鉄鋼業の脱炭素か — 産業最大排出セクター

日本鉄鋼業のCO2排出規模(日本鉄鋼連盟試算、2019年度)

Scope 1+2合計:約1億3,280万トン/年
・高炉(一次製鉄):128.1百万トン
・電炉(二次製鉄):4.7百万トン

産業部門に占める割合約4割(2019年度実績)
2030年目標:日本鉄鋼連盟「カーボンニュートラル行動計画」で2013年度比30%削減(国の2030年度NDCは全体で▲46%)
2050年目標:カーボンニュートラル

鉄鋼の輸出額は約4.5兆円(2023年度)で、20年以上にわたり日本の輸出額上位(3〜4位)をキープ。鉄鋼直接輸出に加え、自動車・自動車部品など最終製品の間接輸出を支える基幹素材として、日本鉄鋼業の脱炭素は国際競争力維持と直結する。

2. 一次製鉄と二次製鉄 — 抜本転換が必要なのは前者

製鉄プロセスは大きく2系統に分かれる。

製鉄プロセスの2系統

一次製鉄(高炉法)
鉄鉱石を原料炭(コークス)で還元する従来プロセス。世界の鉄鋼生産の主流。CO2排出大(高炉材CFP≒2.0 t-CO2/t-steel)

二次製鉄(電炉法)
鉄スクラップを電気炉で再溶解する。CO2排出は電源構成依存(電炉材CFP≒0.5 t-CO2/t-steel)。電力が再エネなら極めて低炭素

スクラップリサイクルの限界

「電炉法は低炭素だから電炉だけにすれば良い」という単純な発想は、量的・質的に成り立たない。

  • 量的課題:世界の鉄鋼需要約27億トン/年に対し、スクラップ発生量は約6億トン/年。差15億トンは鉄鉱石からの一次製鉄が必要
  • 質的課題:スクラップには除去困難な不純物(トランプエレメント:銅・スズ等)が混入。自動車用高張力鋼、電磁鋼板などの高級鋼には使えないケースが多い

つまり、日本の高炉脱炭素化が鉄鋼GXの最重要課題。これがグリーンスチールの中核論点となる。

3. グリーンスチールの技術ルート — 複線アプローチ

日本製鉄が示すカーボンニュートラル鉄鋼生産プロセスは「高炉水素還元+CCUS」と「水素直接還元+電炉」の複線アプローチ。

ルート1:高炉水素還元+CCUS

既存高炉に水素を還元材として導入し、残存するCO2はCCUSで回収・利用・貯留。既存設備の段階的転換が可能で、移行期の現実解として位置づけられる。

ルート2:水素直接還元+電炉

鉄鉱石を水素直接還元シャフト炉で還元してDRI(直接還元鉄)を生産し、それを電炉で溶解。理論的に最も低炭素だが、大型電炉と大量の水素・再エネ電力が必要で、抜本的設備投資を伴う。

COURSE50と次世代開発

日本の鉄鋼脱炭素技術開発はCOURSE50(CO2 Ultimate Reduction System for Cool Earth 50)から始まった。3ステップで段階展開:

  1. 第1ステップ:COURSE50プロジェクト(コークス代替の一部水素還元、副生ガス由来CO2削減)
  2. 第2ステップ:外部水素の利用による高炉での水素還元比率アップ(Super COURSE50。高炉CO2の50%超削減を目標に2022年度GI基金採択、2024年に33%・43%削減の試験成果を公表)
  3. 第3ステップ:水素のみを完全還元材として利用する水素還元製鉄(2050年目途)

4. グリーンイノベーション基金 — 政府の支援パッケージ

2021年3月、政府はグリーンイノベーション基金を立ち上げ、2兆円の基金を造成。10年間にわたり、研究開発・実証から社会実装までの継続支援を提供する。鉄鋼業はこの基金の重点支援対象。

主要支援メニュー

  • 水素還元製鉄の技術開発(COURSE50後継)
  • CCUS・CO2有効利用技術
  • 大型電炉導入・操業最適化
  • 水素サプライチェーン構築
  • 低炭素電源との接続(再エネ・原子力)

日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所など大手の脱炭素プロジェクトは、グリーンイノベーション基金からの数百億円規模の支援を活用する形で進行。

5. GXスチールガイドライン — 日本主導の国際標準

日本鉄鋼連盟は2021年に「グリーンスチールに関するガイドライン」を策定し、2023年10月のVersion 2.0改訂を経て『GXスチールガイドライン』へ改称した(現行版)。鉄鋼メーカーが自ら実施した削減プロジェクトのCO2削減量を、マスバランス方式で特定製品に割り当てる仕組み。

マスバランス方式の原理

マスバランス方式(Mass Balance Approach)

削減量を「会社全体/任意の製鉄所」のレベルでプール・管理し、第三者保証を経て任意の製品に割り当てる仕組み。

:A製鉄所で年間100万トンのCO2削減を達成 → 任意の高級鋼製品10万トンに「CO2を100%削減した製品」として割り当て → 残りの製品は従来通り流通

*メリット:トランジション期に「既存高炉の維持+部分的GX」が可能
*リスク:割り当てルールの透明性、二重計算の防止、第三者検証

マスバランス方式は、化学業界(バイオプラスチック)、SAF(持続可能な航空燃料)、グリーン水素など、複数業界で採用されている広く普及した方式。鉄鋼での適用は2024年時点ではまだ世界的に新しい取り組み。

worldsteel Ver.1(2024年11月)

世界鉄鋼協会(worldsteel)は2024年11月、日本鉄鋼連盟ガイドラインを土台とした「Guidelines for GHG Chain of Custody Approaches in the Steel Industry Ver.1」を発行。日本主導の国際標準化が実現した形。

COP29では日本鉄鋼連盟がこのガイドラインを国際的に紹介。ISO 14067(カーボンフットプリント)、ISO 22095(Chain of Custody)、GHGプロトコル、SBTiの主要国際フレームと整合する形で、グローバル展開が進む。

6. CO2削減価値の市場形成 — GXスチール市場

GXスチールの最大課題は「コスト上昇分をどう回収するか」。製品の物理的機能は変わらないのに、グリーンプロセスでコストが大幅増になるため、市場メカニズムでの価格反映が不可欠。

3つのアプローチ

  • ① コストを「CO2削減価値」として価格反映:GXスチール価格をベース価格+プレミアムで構成
  • ② CO2削減価値の見える化:CFP(カーボンフットプリント)の透明化、第三者保証
  • ③ 購買誘導のインセンティブ:政府の優先調達、補助金、税制優遇

政府の優先調達と購入支援

経済産業省「GX推進のためのグリーン鉄研究会」は、GXスチール市場形成のため、政府による優先的調達や購入支援を重点政策に位置づけ。グリーン購入法の枠組み、公共調達におけるGXスチールの仕様化、補助金制度等が組み合わされる。

7. CBAM対応との連動

2026年1月のEU CBAM本格運用は、日本鉄鋼業の脱炭素に強力な外部圧力をかける。EU向け輸出鋼材の埋め込み排出量(Embedded Emissions)を実データで申告するか、デフォルト値を使用するかで、CBAM証書購入コストが大きく変わる。

日本鉄鋼の比較優位

日本の高炉は世界最高水準のエネルギー効率を維持。高張力鋼、電磁鋼板など高品質鋼の排出原単位は、世界平均(CBAMデフォルト値の基準)より低いケースが多い。実データ申告でCBAM下でも競争優位を発揮できる可能性がある。

マスバランス方式とCBAM

マスバランス方式で削減量を特定製品に割り当てたGXスチールが、CBAM下で低い埋め込み排出量として認められるかは、EUと日本政府間の制度相互認証の交渉ポイント。worldsteel Ver.1の国際標準化が、この認証獲得の地盤となる。

8. 主要プレイヤーの取組み

日本製鉄

「カーボンニュートラルビジョン2050」を策定。九州・関西・東日本の高炉で水素還元実証を計画。瀬戸内・東日本での大型電炉導入も並行検討。グリーンイノベーション基金の最大手活用企業。

JFEスチール

水素還元製鉄・電炉転換のロードマップを策定。倉敷地区での実証を進めるとともに、川崎・千葉地区でのGXスチール供給体制を構築。

神戸製鋼所

加古川製鉄所の電炉転換、特殊鋼分野でのグリーンスチール製品開発。米国・タイの海外拠点との連携も視野。

日新製鋼・東京製鐵

電炉専業大手。再エネ電力調達、PPA契約による電源グリーン化を加速。電炉法の低炭素化を市場に訴求。

9. 顧客側の需要 — グリーンスチール調達

GXスチールの市場形成には、顧客企業の需要側が決定的に重要。自動車、建設、機械、電機など、大量に鉄鋼を消費する産業のGXスチール調達が、市場拡大の触媒となる。

主要セクター別の需要動向

  • 自動車:欧州(メルセデス、BMW、ボルボ等)が先行、米国(フォード、GM)も追随。日本ではトヨタ、ホンダがロードマップ策定
  • 建設:大手ゼネコンが低炭素ビル仕様でグリーンスチール採用検討。ZEB/改正建築物省エネ法との連動
  • 家電:パナソニック、ソニーなど、Scope 3カテゴリ1削減の文脈でグリーンスチール採用検討
  • 機械:建設機械(コマツ、日立建機)、工作機械でグリーン製品ラインナップ拡大

顧客企業がScope 3削減目標を達成するために、サプライヤー側(鉄鋼メーカー)からGXスチールを調達するというサプライチェーン全体での共同削減の構図が形成されつつある。

10. 国際比較 — 各国の鉄鋼脱炭素戦略

欧州

SSAB(スウェーデン)のHYBRITプロジェクトが先行。世界初の水素還元商用化を実現。ArcelorMittal、Thyssenkrupp、Voestalpine等も水素還元・大型電炉転換を進める。EU ETS価格上昇とCBAMの内圧で、欧州鉄鋼の脱炭素加速。

米国

米国は伝統的に電炉比率が高い(約7割)ため、Scope 1排出原単位はもともと低い。再エネ電源拡大で電炉のさらなる低炭素化を進めるアプローチ。Cleveland-Cliffs、Nucor等。

中国・インド

世界鉄鋼生産の50%超を占める中国は、国内ETS拡大と並行して、Baosteel、Hebei Steel等が水素還元・電炉転換を試行。インドはTata Steel等が水素・電炉複合アプローチ。

11. M&A・事業再編の論点

鉄鋼業界の脱炭素転換は、業界再編・M&Aを加速する可能性がある。

  • 製鉄所の再編・統廃合:脱炭素投資の集中、立地最適化
  • 大型電炉プレイヤーの台頭:電炉専業の競争力向上
  • クロスボーダーM&A:日本製鉄の海外(米US Steel等)展開
  • 水素・CCUS関連JV:商社、エネルギー、化学業界との連携
  • 素材産業の上流統合:自動車・建設大手の鉄鋼メーカー出資

M&AサステナビリティBDDでは、対象企業のGX投資ロードマップ、グリーンイノベーション基金活用状況、CBAM対応力、worldsteel認証の取得可能性などが論点となる。

12. 課題と論点

① 水素サプライチェーンの未整備

水素還元製鉄には大量・低価格・低炭素の水素が必要。日本の水素戦略(2017年策定、2023年改訂)は2030年300万トン、2050年2,000万トンの目標を掲げるが、鉄鋼の水素需要をすべてカバーするには更なる加速が必要。

② 電力供給の課題

大型電炉と水素製造には大量の再エネ・原子力電力が必要。日本の再エネ拡大ペースが追いつくか、原子力再稼働の判断がどう影響するか、コーポレートPPA・蓄電池の整備がどう機能するかが、鉄鋼GXの可否を左右する。

③ 国際競争力の維持

GX投資コスト上昇分を価格転嫁できなければ、日本鉄鋼の国際競争力が低下する。CBAM・国内ETS・各国の同等制度の整合化が不十分だと、日本鉄鋼が不当に競争劣位に置かれるリスクがある。

④ トランジション期のリスク

GX投資の10〜30年の長期回収期間と、市場変動・技術不確実性のリスクを誰が負担するか。政府支援、ユーザー企業との長期契約、グリーンファイナンスの活用が並走的に必要。

こんなときに、Sasla

・グリーンスチール調達戦略の策定で、業界経験者の感覚値(コスト、納期、品質)を聞きたい
・水素還元製鉄、大型電炉、CCUSの技術選択肢の比較レビュー
・マスバランス方式の運用設計、worldsteel認証の取得準備
・CBAM対応の埋め込み排出量算定、デフォルト値vs実データ申告の判断
・自動車・建設・家電業界がGXスチールを採用する際のサプライチェーン設計
・M&AでGX投資ロードマップ・国際競争力の評価を業界DDで実施

Saslaには、鉄鋼メーカー出身の脱炭素戦略担当、商社の素材ビジネス経験者、エネルギーアドバイザー、サステナビリティーDDコンサルタント、worldsteel・ISO等の国際規格専門家が業界横断で登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。

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13. グリーンスチールは「素材産業GXの試金石」

鉄鋼業の脱炭素は、化学、セメント、紙・パルプ、アルミなど他の高排出素材産業への波及効果が大きい。水素還元・CCUS・大型電炉・電源グリーン化は、業界横断の共通技術ベース。日本鉄鋼業のGX成否は、日本の素材産業全体のGX加速を決定づける。

worldsteel Ver.1(2024年11月)の国際標準化、グリーンイノベーション基金の継続支援、CBAM下での実データ申告体制、顧客企業のScope 3削減要請——複数の動きが同期して、2026〜2030年に鉄鋼GXの市場形成期が到来する。早く動いた企業ほど、技術ノウハウ、サプライヤー・顧客との長期関係、worldsteel・SBT等の国際認証でのプレゼンス、政府支援メニューの活用経験という、模倣困難な資産を蓄積できる。

出典・参考資料

本稿で参照した主な一次資料。排出量・投資額・規格番号は各公表時点のもの。