鉄鋼業は日本の産業部門CO2排出量の約4割を占める最大の排出セクター。日本鉄鋼業全体のScope 1+2排出量は2019年度で1億3,280万トン(高炉128.1百万t+電炉4.7百万t、日本鉄鋼連盟試算)。2030年NDC(▲46%、2013年度比)達成と2050年カーボンニュートラル実現には、高炉プロセスの抜本転換が国レベルで不可欠とされる。日本鉄鋼連盟は2018年「ゼロカーボン・スチールへの挑戦」、2022年9月発行(2025年10月のVersion 4.0改訂で「GXスチールガイドライン」へ改称)の「グリーンスチールに関するガイドライン」、worldsteelは2024年11月に同ガイドラインを土台とする国際標準Ver.1を発行——日本主導の国際枠組み形成も並走する。本稿では、日本鉄鋼連盟資料、経産省GX製品検討会、環境省バリューチェーン検討会、自然エネルギー財団レポートを踏まえ、水素還元製鉄、マスバランス方式、CBAM対応、業界戦略を包括整理する。

1. なぜ鉄鋼業の脱炭素か — 産業最大排出セクター

日本鉄鋼業のCO2排出規模(日本鉄鋼連盟試算、2019年度)

Scope 1+2合計:約1億3,280万トン/年
・高炉(一次製鉄):128.1百万トン
・電炉(二次製鉄):4.7百万トン

産業部門に占める割合:約4割(2019年度実績)
2030年目標:日本鉄鋼連盟「カーボンニュートラル行動計画」で2013年度比30%削減(国の2030年度NDCは全体で▲46%)
2050年目標:カーボンニュートラル

鉄鋼の輸出額は年4兆円前後(2025年は約3.9兆円、日本鉄鋼連盟 鉄鋼輸出入実績)で、長年にわたり日本の主要輸出品目の一角を占める。鉄鋼直接輸出に加え、自動車・自動車部品など最終製品の間接輸出を支える基幹素材として、日本鉄鋼業の脱炭素は国際競争力維持と直結する。

2. 一次製鉄と二次製鉄 — 抜本転換が必要なのは前者

前提として、日本の粗鋼生産は2025年に約8,068万トン(前年比4.0%減)と半世紀ぶりの低水準に沈んだ(日本鉄鋼連盟 生産統計)。内需の縮小と設備集約の圧力が、後述する電炉転換の判断を後押ししている。そのうえで、製鉄プロセスは大きく2系統に分かれる。

製鉄プロセスの2系統

一次製鉄(高炉法)
鉄鉱石を原料炭(コークス)で還元する従来プロセス。世界の鉄鋼生産の主流。CO2排出大(高炉材CFP≒2.0 t-CO2/t-steel)

二次製鉄(電炉法)
鉄スクラップを電気炉で再溶解する。CO2排出は電源構成依存(電炉材CFP≒0.5 t-CO2/t-steel)。電力が再エネなら極めて低炭素

スクラップリサイクルの限界

「電炉法は低炭素だから電炉だけにすれば良い」という単純な発想は、量的・質的に成り立たない。

  • 量的課題:世界の鉄鋼需要は年約17.5億トン(worldsteel 2025年10月見通し:2025年 1,749百万トン)に対し、リサイクル鋼(鉄スクラップ)の利用量は年約6.3億トン(BIR・worldsteel統計)。差の約11億トンは鉄鉱石からの一次製鉄が必要
  • 質的課題:スクラップには除去困難な不純物(トランプエレメント:銅・スズ等)が混入。自動車用高張力鋼、電磁鋼板などの高級鋼には使えないケースが多い

つまり、日本の高炉脱炭素化が鉄鋼GXの最重要課題。これがグリーンスチールの中核論点となる。

3. グリーンスチールの技術ルート — 複線アプローチ

鉄鋼のCO2削減は、既存高炉に水素を吹き込んで削減率を積み上げる道と、プロセス自体を電炉や水素直接還元に置き換える道の組み合わせで進む。日本製鉄が示すカーボンニュートラル鉄鋼生産プロセスは「高炉水素還元+CCUS」と「水素直接還元+電炉」の複線アプローチであり、前者は試験炉で高炉本体からのCO2排出43%削減を確認済み(日本製鉄)、後者は電源が再エネであれば排出原単位を桁違いに下げられる。

ルート1:高炉水素還元+CCUS

既存高炉に水素を還元材として導入し、残存するCO2はCCUSで回収・利用・貯留。既存設備の段階的転換が可能で、移行期の現実解として位置づけられる。

ルート2:水素直接還元+電炉

鉄鉱石を水素直接還元シャフト炉で還元してDRI(直接還元鉄)を生産し、それを電炉で溶解。理論的に最も低炭素だが、大型電炉と大量の水素・再エネ電力が必要で、抜本的設備投資を伴う。

COURSE50と次世代開発

日本の鉄鋼脱炭素技術開発はCOURSE50(CO2 Ultimate Reduction System for Cool Earth 50)から始まった。3ステップで段階展開:

  1. 第1ステップ:COURSE50プロジェクト(コークス代替の一部水素還元、副生ガス由来CO2削減)
  2. 第2ステップ:外部水素の利用による高炉での水素還元比率アップ(Super COURSE50。高炉CO2の50%超削減を目標に2022年度GI基金採択、2024年に33%・43%削減の試験成果を公表)
  3. 第3ステップ:水素のみを完全還元材として利用する水素還元製鉄(2050年目途)

4. グリーンイノベーション基金 — 政府の支援パッケージ

2021年3月、政府はグリーンイノベーション基金を立ち上げ、2兆円の基金を造成(NEDO)。10年間にわたり、研究開発・実証から社会実装までの継続支援を提供する。鉄鋼業はこの基金の重点支援対象。

主要支援メニュー

  • 水素還元製鉄の技術開発(COURSE50後継)
  • CCUS・CO2有効利用技術
  • 大型電炉導入・操業最適化
  • 水素サプライチェーン構築
  • 低炭素電源との接続(再エネ・原子力)

日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所など大手の脱炭素プロジェクトは、グリーンイノベーション基金からの数百億円規模の支援を活用する形で進行。

5. GXスチールガイドライン — 日本主導の国際標準

日本鉄鋼連盟は2022年9月に「グリーンスチールに関するガイドライン」(Version 1.0)を発行し、2023年10月のVersion 2.0、2025年2月のVersion 3.0改訂を経て、2025年10月の改訂(Version 4.0)で『GXスチールガイドライン』へ改称した(同ガイドライン改訂履歴による。最新は2026年1月のVersion 4.1)。鉄鋼メーカーが自ら実施した削減プロジェクトのCO2削減量をマスバランス方式で特定製品に割り当てる仕組みを軸に、改称時には削減価値をカーボンフットプリントへ直接反映する「GXアロケーション方式」も導入されている。

マスバランス方式の原理

マスバランス方式(Mass Balance Approach)

削減量を「会社全体/任意の製鉄所」のレベルでプール・管理し、第三者保証を経て任意の製品に割り当てる仕組み。

例:A製鉄所で年間100万トンのCO2削減を達成 → その削減実績量を任意の高級鋼製品10万トンに配賦し、削減証書付きのGXスチールとして供給 → 残りの製品は従来通り流通

*メリット:トランジション期に「既存高炉の維持+部分的GX」が可能
*リスク:割り当てルールの透明性、二重計算の防止、第三者検証

マスバランス方式は化学業界(バイオプラスチック)、SAF(持続可能な航空燃料)、グリーン水素など複数業界で採用されてきた方式だが、鉄鋼での適用はまだ新しい。留意すべきは、マスバランス製品であること自体が環境性能の高さを保証するわけではない点だ。割り当てルールの透明性と二重計算の防止が担保されなければ「見かけの脱炭素」になりかねないとの指摘があり、自然エネルギー財団は2024年、グリーン購入法の基準値化は時期尚早との見解を示している。

worldsteel Ver.1(2024年11月)

世界鉄鋼協会(worldsteel)は2024年11月、日本鉄鋼連盟ガイドラインを土台とした「Guidelines for GHG Chain of Custody Approaches in the Steel Industry Ver.1」を発行(その後2026年2月にVersion 1.2へ改訂)。日本主導の国際標準化が実現した形だ。

COP29では日本鉄鋼連盟がこのガイドラインを国際的に紹介。ISO 14067(カーボンフットプリント)、ISO 22095(Chain of Custody)、GHGプロトコル、SBTiの主要国際フレームと整合する形で、グローバル展開が進む。

6. 鉄鋼のカーボントレーサビリティ — 削減価値を顧客のScope 3まで届ける

ガイドラインの枠組みが整った次に問われるのが、「その削減価値を、誰が検証し、どこまで運べるか」というカーボントレーサビリティの実務である。鋼材を購入する自動車・建設・機械メーカーがGXスチールの価値を自社のScope 3カテゴリ1(購入した製品・サービス)の削減として計上するには、CO2データが取引の流れに沿って、検証可能な形で引き渡される必要がある。EU向けでは後述のCBAM実データ申告も、同じデータ基盤の上に載る。

起点は鋼材別のCO2排出原単位(General CFP)

トレーサビリティの出発点は、鋼材別のGHG排出原単位(General CFP)の算定だ。GXスチールガイドラインは、鉄鋼製品のライフサイクルインベントリ算定規格であるISO 20915:2018と製品カーボンフットプリントのISO 14067:2018への準拠を求め、一次データは算定から5年以内、二次データも10年以内のものを用いることが望ましいという鮮度要件まで定めている。算定には第三者検証が前提となる。ここが崩れると、下流のすべての削減主張が崩れる構造だ。

削減証書という「運び手」 — GXマスバランス方式の3手順

GXマスバランス方式は、①鋼材別排出原単位の算定、②削減プロジェクトによる削減実績量の算定、③削減実績量を配賦した鉄鋼製品の削減証書付きでの供給——という3つの手順から成り、いずれも第三者検証を受けなければならない。削減証書を受け取った顧客は、組織レベル(Scope 3カテゴリ1)と製品レベルの上流排出量の削減を主張でき、さらにその価値をバリューチェーンのより下流へ引き継ぐこともできる(前掲ガイドライン)。証書が「一度だけ」使われることを担保するため、ガイドラインはGHG算定・報告のISO 14064-1に加え、加工・流通の管理連鎖を扱うISO 22095(Chain of Custody)に準拠する形でダブルカウント防止を組み込んでいる。

証書ではなく低CFPの現物 — GXアロケーション方式

2025年10月の改訂で加わったGXアロケーション方式は、組織内の削減実績量を製品の排出量配分に直接反映し、低CFP製品そのものを供給する方法である。削減証書の形ではなく現物の低CFP鋼材を求める顧客——製品単位のCFP表示やデジタル製品パスポート対応を迫られる完成品メーカーなど——のニーズに応える設計で、配分にあたっては削減プロジェクト実施前のCFPを上回らないこと、Scope 1・2相当のCFPがゼロを下回らないことが制限条件として明記されている(前掲ガイドライン)。

調達側の実務では、両方式は「自社が何を主張したいか」で使い分けることになる。Scope 3削減の計上が目的なら削減証書付きのマスバランス品で足り、製品ラベルや顧客へのCFP開示まで見据えるなら低CFP現物が要る。いずれの場合も、受け取るデータが第三者検証済みか、証書の利用が一度きりかを確認する体制が、買い手の側にも求められる。

7. CO2削減価値の市場形成 — GXスチール市場

GXスチールの最大課題は「コスト上昇分をどう回収するか」。製品の物理的機能は変わらないのに、グリーンプロセスでコストが大幅増になるため、市場メカニズムでの価格反映が不可欠。

3つのアプローチ

  • ① コストを「CO2削減価値」として価格反映:GXスチール価格をベース価格+プレミアムで構成
  • ② CO2削減価値の見える化:CFP(カーボンフットプリント)の透明化、第三者保証
  • ③ 購買誘導のインセンティブ:政府の優先調達、補助金、税制優遇

政府の優先調達と購入支援

経済産業省「GX推進のためのグリーン鉄研究会」は、GXスチール市場形成のため、政府による優先的調達や購入支援を重点政策に位置づけ。グリーン購入法の枠組み、公共調達におけるGXスチールの仕様化、補助金制度等が組み合わされる。

8. CBAM対応との連動

2026年1月のEU CBAM本格運用は、日本鉄鋼業の脱炭素に強力な外部圧力をかける。EU向け輸出鋼材の埋め込み排出量(Embedded Emissions)を実データで申告するか、デフォルト値を使用するかで、CBAM証書購入コストが大きく変わる。

日本鉄鋼の比較優位

日本の高炉は世界最高水準のエネルギー効率を維持。高張力鋼、電磁鋼板など高品質鋼の排出原単位は、世界平均(CBAMデフォルト値の基準)より低いケースが多い。実データ申告でCBAM下でも競争優位を発揮できる可能性がある。

マスバランス方式とCBAM

マスバランス方式で削減量を特定製品に割り当てたGXスチールが、CBAM下で低い埋め込み排出量として認められるかは、EUと日本政府間の制度相互認証の交渉ポイント。worldsteel Ver.1の国際標準化が、この認証獲得の地盤となる。

9. 水素製鉄に取り組む企業 — 日本製鉄・JFE・神戸製鋼と海外勢の現在地

水素製鉄(水素還元製鉄)に取り組む企業は、国内では高炉3社と電炉勢、海外では欧州と韓国の大手が先行してきた。ただし2025年以降、欧州では水素直接還元の計画を維持する企業でも水素の調達を後ろ倒しし、電炉転換を先に進める判断が相次いでいる。編集部の見立てでは、水素製鉄の律速は製鉄技術そのものではなく、安価なグリーン水素と電力をいつ確保できるかに移っている。国内勢から順に、現在地を整理する。

日本製鉄 — カーボンニュートラルビジョン2050の取り組み

「カーボンニュートラルビジョン2050」を策定。九州製鉄所八幡地区では大型電炉(年産約200万トン)への転換工事に2026年4月に着工し、2029年度下期の生産開始を予定する。高炉水素還元のSuper COURSE50は2024年11〜12月の試験で高炉本体からのCO2排出43%削減(世界最高記録の更新)を確認した(日本製鉄 2024年12月発表)。グリーンイノベーション基金の最大手活用企業でもある。

JFEスチール

水素還元製鉄・電炉転換のロードマップを策定。倉敷地区(西日本製鉄所)では第2高炉を大型電炉へ転換する投資(総額約3,294億円、うち国の補助最大1,045億円)を2025年4月に決定し(JFEスチール発表)、2028年度の生産開始を予定する。川崎・千葉地区でのGXスチール供給体制の構築も並行して進む。

神戸製鋼所

高炉法でのCO2削減技術に加え、電炉化を含む生産プロセス転換の検討と、特殊鋼分野でのグリーンスチール製品開発を進める。具体的な設備投資の時期・規模は同社の公表資料で確認したい。

東京製鐵などの電炉勢

東京製鐵をはじめとする電炉専業大手。再エネ電力調達、PPA契約による電源グリーン化を加速。電炉法の低炭素化を市場に訴求。

海外勢 — SSAB・thyssenkrupp・ArcelorMittal・POSCO

スウェーデンのSSABは、鉄鉱石大手LKAB・電力大手Vattenfallとの共同事業HYBRITで水素直接還元+電炉の商業化を最も早く進めてきた企業だ。2021年にHYBRITの試験設備で製造した化石燃料フリー鋼を初出荷した。ただし足元の商業化は段階的で、Oxelösund製鉄所では高炉を大型電炉に置き換え、2026年末の稼働を目指す。この電炉で先に量産されるのはスクラップを原料とする低炭素鋼(SSAB Zero)であり、水素直接還元鉄を用いた鋼材の本格供給は次の段階にあたる(SSAB 2025年3月発表)。ドイツのthyssenkrupp Steelは、Duisburgに直接還元プラント(MIDREX方式に溶解炉2基を組み合わせ、還元鉄の年産能力250万トン)を建設中で、SMS groupへの発注額は18億ユーロ超。2023年の当初計画では2026年末の完成、2028年からの水素利用開始、2029年の100%水素運転を掲げていた(SMS group)。しかし2024年2月に開始した年間最大15.1万トンのグリーン水素調達入札は、提示価格が想定を大きく上回ったとして2025年3月末に無期限で延期され、プラントは当初天然ガスで運転する方針に転じている(thyssenkrupp 入札開始発表、延期は同社の2025年発表による)。水素利用を条件としていた公的支援の枠組みも、初期は水素なしでの運転を認める方向で見直しが協議されている。

ArcelorMittalはさらに踏み込んだ軌道修正をした。同社は2025年6月、ドイツのBremen・Eisenhüttenstadt両拠点で計画していた水素直接還元+電炉への転換を断念してドイツ政府に通知し、約13億ユーロの公的支援を受け取らない判断をした。理由として挙げたのは、グリーン水素が商業規模で入手できないことと、競争力を欠くエネルギー価格である(同社2025年6月発表)。スペインGijónとフランスDunkirkの水素直接還元の新設はそれに先立つ2024年11月に保留され、代わりに電炉の建設が先行する。Dunkirkでは2026年2月に年産200万トンの電炉への13億ユーロ投資を正式決定し、2029年の稼働を予定する(ArcelorMittal Europe)。欧州の水素製鉄競争は、2025年を境に「電炉を先に、水素は供給が整ってから」という現実路線へ移りつつある。

韓国のPOSCOは、流動還元炉を使う独自方式HyREXを開発しており、浦項に年産30万トン規模の実証設備を建設して2030年までに商用化技術の完成を目指す(POSCO)。鉄鉱石大手BHPとは、ピルバラ産鉱石を用いた水素還元の実証で協業している(BHP)。日本の高炉水素還元(Super COURSE50)と同じく「既存の原料・設備との接続」を重視するアプローチであり、欧州型の水素直接還元一本槍とは戦略が異なる。

海外勢の動きを日本企業の視点で読み替えると、二つの含意がある。第一に、日本の複線アプローチも欧州と同じ律速を抱えている。高炉水素還元は第2ステップで外部水素を、残余のCO2はCCUSを前提とするため、安価な水素と貯留先が確保できなければ削減率は伸びない。電炉転換を併走させる設計は、その不確実性に投資を賭けすぎないための保険と読むべきで、欧州より有利というより、同じ制約に別の順序で向き合っていると捉えるのが正確だ。第二に、水素製鉄の商業化時期は「製鉄所の設備」ではなく「その地域で安価な水素と電力がいつ手に入るか」で決まるため、鋼材の調達側が各社の目標年をそのまま供給計画に織り込むのは危うい。目標年より、水素・電力の調達契約が実際に結ばれているかを見るほうが確度が高い。

10. 顧客側の需要 — グリーンスチール調達

GXスチールの市場形成には、顧客企業の需要側が決定的に重要。自動車、建設、機械、電機など、大量に鉄鋼を消費する産業のGXスチール調達が、市場拡大の触媒となる。

主要セクター別の需要動向

需要は「検討」から「採用」の段階に移りつつある。自動車では欧州(メルセデス、BMW、ボルボ等)の先行に続き、日本でもトヨタが2025年から日本製鉄・JFE・神戸製鋼所3社のGXスチール採用を開始し、日産もグリーン鉄の採用拡大を公表した。建設では大手ゼネコンが低炭素ビル仕様での採用を検討し、ZEB/改正建築物省エネ法と連動する。家電(パナソニック、ソニー等)はScope 3カテゴリ1削減の文脈で、建設機械・工作機械(コマツ、日立建機等)はグリーン製品ラインナップの拡大で、それぞれ調達側の動きが具体化している。

顧客企業がScope 3削減目標を達成するために、サプライヤー側(鉄鋼メーカー)からGXスチールを調達するというサプライチェーン全体での共同削減の構図が形成されつつある。

11. 国際比較 — 各国の鉄鋼脱炭素戦略

欧州

SSABのHYBRITが水素直接還元の実証で先行し、thyssenkruppは直接還元プラントを建設中だが、水素の調達は各社とも後ろ倒しになっている(前掲§9)。ArcelorMittalはドイツでの水素直接還元を断念し、Dunkirk・Gijónでは電炉を先行させる。EU ETSの価格とCBAMが脱炭素投資の圧力になっている一方、グリーン水素と電力の価格が転換の速度を規定している。

米国

米国は伝統的に電炉比率が高い(約7割、worldsteel統計)ため、Scope 1排出原単位はもともと低い。再エネ電源拡大で電炉のさらなる低炭素化を進めるアプローチ。Cleveland-Cliffs、Nucor等。

中国・インド

世界鉄鋼生産の50%超(worldsteel 2025年実績)を占める中国は、国内ETS拡大と並行して、Baosteel、Hebei Steel等が水素還元・電炉転換を試行。インドはTata Steel等が水素・電炉複合アプローチ。

12. M&A・事業再編の論点

鉄鋼業界の脱炭素転換は、業界再編・M&Aを加速する可能性がある。

巨額の脱炭素投資は、どの製鉄所に投資を集中させるかという再編・統廃合の判断と表裏一体であり、電炉専業プレイヤーの競争力向上も相まって業界地図を動かす。クロスボーダーでは日本製鉄が2025年6月にUSスチールの買収を完了し(払込総額約142億ドル・米政府が黄金株を保有、ジェトロ)、水素・CCUSをめぐる商社・エネルギー・化学業界とのJV、自動車・建設大手による鉄鋼メーカーへの出資といった垂直方向の再編も視野に入る。

M&AサステナビリティBDDでは、対象企業のGX投資ロードマップ、グリーンイノベーション基金活用状況、CBAM対応力、worldsteel認証の取得可能性などが論点となる。

13. 課題と論点

① 水素サプライチェーンの未整備

水素還元製鉄には大量・低価格・低炭素の水素が必要。日本の水素戦略(2017年策定、2023年改訂)は2030年300万トン、2050年2,000万トンの目標を掲げるが、鉄鋼の水素需要をすべてカバーするには更なる加速が必要。

② 電力供給の課題

大型電炉と水素製造には大量の再エネ・原子力電力が必要。日本の再エネ拡大ペースが追いつくか、原子力再稼働の判断がどう影響するか、コーポレートPPA・蓄電池の整備がどう機能するかが、鉄鋼GXの可否を左右する。

③ 国際競争力の維持

GX投資コスト上昇分を価格転嫁できなければ、日本鉄鋼の国際競争力が低下する。CBAM・国内ETS・各国の同等制度の整合化が不十分だと、日本鉄鋼が不当に競争劣位に置かれるリスクがある。

④ トランジション期のリスク

GX投資の10〜30年の長期回収期間と、市場変動・技術不確実性のリスクを誰が負担するか。政府支援、ユーザー企業との長期契約、グリーンファイナンスの活用が並走的に必要。

よくある質問(FAQ)

Q. グリーンスチールとは?

製造プロセスでのCO2排出を大幅に削減した鋼材の総称で、法令上の統一定義はまだない。日本では日本鉄鋼連盟のガイドライン(2022年9月初版、現「GXスチールガイドライン」)が事実上の共通枠組みになっており、削減実績量をマスバランス方式で配賦し削減証書と共に供給される鋼材と、削減価値をCFPに直接反映した低CFP鋼材が「GXスチール」として流通している。水素還元製鉄などプロセス自体を転換して作られた鋼材だけを指す言葉ではない点に注意したい。

Q. グリーンスチールとGXスチールは何が違う?

中身は連続している。日本鉄鋼連盟の「グリーンスチールに関するガイドライン」が改訂を重ね、2025年10月の改訂で「GXスチールガイドライン」へ名称変更された経緯があり、国内の制度文脈では「GXスチール」の呼称に収斂しつつある。一方、海外では green steel/near-zero steel など複数の呼称・定義が併存しているため、輸出入や国際調達の場面では「どの定義・どの規格に基づく主張か」を確認することが実務の出発点になる。

こんなときに、Sasla

・グリーンスチール調達戦略の策定で、業界経験者の感覚値(コスト、納期、品質)を聞きたい
・水素還元製鉄、大型電炉、CCUSの技術選択肢の比較レビュー
・マスバランス方式の運用設計、worldsteel認証の取得準備
・CBAM対応の埋め込み排出量算定、デフォルト値vs実データ申告の判断
・自動車・建設・家電業界がGXスチールを採用する際のサプライチェーン設計
・M&AでGX投資ロードマップ・国際競争力の評価を業界DDで実施

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14. グリーンスチールは「素材産業GXの試金石」

鉄鋼業の脱炭素は、化学、セメント、紙・パルプ、アルミなど他の高排出素材産業への波及効果が大きい。水素還元・CCUS・大型電炉・電源グリーン化は、業界横断の共通技術ベース。日本鉄鋼業のGX成否は、日本の素材産業全体のGX加速を決定づける。

worldsteel Ver.1(2024年11月)の国際標準化、グリーンイノベーション基金の継続支援、CBAM下での実データ申告体制、顧客企業のScope 3削減要請——複数の動きが同期して、2026〜2030年に鉄鋼GXの市場形成期が到来する。早く動いた企業ほど、技術ノウハウ、サプライヤー・顧客との長期関係、worldsteel・SBT等の国際認証でのプレゼンス、政府支援メニューの活用経験という、模倣困難な資産を蓄積できる。

出典・参考資料

本稿で参照した主な一次資料。排出量・投資額・規格番号は各公表時点のもの。