建築物のエネルギー性能規制が強化される中、建材業界は歴史的な市場再編の只中にある。2030年以降、住宅の省エネ基準はZEH水準(断熱等級5相当)へ引き上げられる方向で、窓には樹脂サッシ・Low-E複層ガラスが事実上の標準となり、アルミサッシ+単板ガラスの組合せは市場退出を迫られる。樹脂サッシ・複合サッシ・木製サッシへのシフト、断熱材・セメント・コンクリート・木材・鋼材といったあらゆる建材で脱炭素・低エンボディドカーボン対応が求められる。国土交通省の建築物省エネ法関連資料と業界統計、欧州CBAMや米国州レベルのBuy Clean法等のグローバル動向を手がかりに、建材メーカーが直面する市場再編と、製品ポートフォリオ・M&A・新規事業の選択肢を追う。

1. 建築物省エネ法の進化 — 規制の段階的強化

2025年4月、改正建築物省エネ法により原則すべての新築住宅・建築物に省エネ基準(断熱等性能等級4相当)への適合が義務化された。ただしこれは通過点にすぎない。国は2030年度以降の新築についてZEH/ZEB水準(断熱等級5相当)への基準引き上げを、2050年にはストック平均でのZEH/ZEB水準の確保を掲げている。

この引き上げの主戦場が窓・サッシである。現行の省エネ基準の仕様基準では、開口部の熱貫流率(U値)は地域区分に応じて2.33〜4.65 W/m²Kの範囲で定められているが、断熱等級5では外皮平均熱貫流率(UA値)の要求水準が一段厳しくなる(例えば東京を含む6地域で0.60以下)。これを満たすには、窓側で樹脂サッシや高断熱の複合サッシ+Low-E複層ガラスの採用が事実上の前提となる。

2. 窓・サッシ市場の構造変化

冬の暖房時に室内から逃げる熱の約58%は窓・開口部からとされる(日本建材・住宅設備産業協会。アルミサッシ+単板ガラスが主流だった時代の住宅モデルでの試算)。窓・サッシ性能の改善は省エネ規制の主戦場であり、業界構造に大きな変化をもたらしている。

アルミサッシ単板ガラスの市場退出

1960〜90年代に普及したアルミサッシ+単板ガラスの組合せは、U値が5.0以上と断熱性能で大きく劣るため、新築では事実上採用できなくなっていく。日本のアルミサッシ大手(YKK AP、LIXIL、三協立山)にとって、事業ポートフォリオの再編は避けて通れない。

樹脂サッシのシフト

北海道や寒冷地で先行普及していた樹脂サッシが全国展開を進める。U値1.5〜2.0レベルが達成可能で、北欧では既に主流だ。一方で課題も残る。大型サイズやビル用途への対応が難しく、強度・耐久性のイメージから日本市場ではアルミ優位の商習慣が根強い。樹脂のリサイクル性やUV劣化への懸念、製造コストの高さも普及のハードルになっている。

複合サッシ(アルミ樹脂複合)

屋外側にアルミ、屋内側に樹脂を使う複合サッシは、断熱性能と意匠・耐久性を両立できるため、住宅向けの主流選択肢になりつつある。

木製サッシ・木製建具

欧州(特にドイツ、北欧)で標準的な木製サッシ。CO2吸収(炭素固定)の観点でも有利。日本では国産材活用と林業活性化の文脈で見直しが進む。

3. ガラス業界の対応

ガラス業界(AGC、日本板硝子、セントラル硝子)も大きな転換を迫られる。

複層ガラス・Low-Eガラス

単板から複層へのシフトは進行済み。さらにLow-Eガラス(高断熱・遮熱)、トリプル(3層)ガラス、真空ガラスへの高性能化が進む。

製造プロセスの脱炭素

ガラス溶融炉は天然ガス・重油を大量消費する高エネルギー集約プロセスであり、水素溶融、電気溶融、酸素富化燃焼といった脱炭素技術への投資が進んでいる。AGCをはじめ各社が中長期の脱炭素ロードマップを掲げる。

4. セメント・コンクリート業界の脱炭素

セメント業界は世界CO2排出の約7%(出典により6〜8%)を占める高排出セクター。うち石灰石の脱炭酸に由来するプロセス排出が約6割を占めるため、エネルギー転換だけでは削減しきれない。日本国内の主要プレイヤー(太平洋セメント、住友大阪セメント、UBE三菱セメント)も大規模な脱炭素対応が必要。

主要技術

削減アプローチは大きく四つある。高炉スラグ・フライアッシュ等の混合材でクリンカファクターを下げる方法、セメント工場でのCCS/CCUSによるCO2回収、高炉スラグ100%セメントやジオポリマーセメントといった代替原料への置き換え。そして四つ目が、CO2を硬化過程で吸収固定するCO2吸収コンクリートだ。鹿島建設のCO2-SUICOM(中国電力・デンカ・ランデスと共同開発)、大成建設のT-eConcrete/Carbon-Recycleなど、ゼネコン各社が独自方式で開発・実装を競っている。

関連動向

欧州のCBAMはセメントを対象品目に含む(関連記事:CBAM(EU炭素国境調整))。米国では連邦調達のBuy Clean政策が2025年1月の大統領令撤回(EO 14057失効)で後退したものの、カリフォルニア州をはじめとする州レベルのBuy Clean法は継続している。オランダMPG・フランスRE2020など、各国のエンボディドカーボン規制の強化も進行中だ。

5. 断熱材・気密材市場

建築物の断熱性能向上に伴い、断熱材市場は構造的に成長する一方で、種別ごとの優劣が分かれる。

  • グラスウール:日本住宅で広く採用。低コスト、施工容易
  • ロックウール:耐火・遮音性に優れる、ビル用途
  • セルロースファイバー:新聞古紙再生、環境配慮型
  • 羊毛・木質繊維:天然素材、欧州で人気
  • 発泡プラスチック系(フェノール・ウレタン・XPS等):高性能、薄型化可能
  • 真空断熱パネル(VIP):高性能、改修向け

論点は製造時のCO2排出廃棄時のリサイクル性難燃性シックハウス対応等のバランス。

6. 木材・木質建材の拡大

CO2固定の観点から、木造非住宅建築物(中大規模木造)の市場が拡大している。CLT(Cross Laminated Timber、直交集成板)、LVL(積層単板)、構造用集成材の活用拡大が進む。

追い風は制度と実装の両面にある。公共建築物等木材利用促進法が公共建築の木造化を後押しし、民間でも高層木造の実装が進んだ(大林組のPort Plus=11階建て44mが2022年竣工、純木造耐火建築物として国内最高の高さ)。国産材の活用は林業・林産業の活性化や地域材ブランド化とも結びつく。業界では住友林業や銘建工業などの木質建材メーカー、大林組・大成建設などゼネコンの木造部門がこの領域に注力している。

7. 鋼材・金属建材の脱炭素

建築用鋼材(H形鋼、鉄筋、薄板等)は鉄鋼業の脱炭素と直結する。グリーンスチール(電炉化・水素還元製鉄)への転換が進めば、建材としての鋼材のエンボディドカーボンは大きく低減される見通しだ(関連記事:グリーンスチール/GXスチール—水素還元製鉄と日本鉄鋼業の脱炭素ロードマップ)。

同様にアルミ建材(サッシ・外装パネル等)も低炭素アルミ(再エネ電解、再生アルミ)への転換が進む。

8. 建材メーカーの戦略選択肢

① 高性能化シフト

高断熱・低エンボディドカーボン製品への商品ラインアップシフト。樹脂サッシ・複層ガラス・高性能断熱材・木質建材等への投資を拡大。低性能製品からの段階的撤退を計画。

② エンボディドカーボン削減

製品ライフサイクル全体(製造・輸送・施工・廃棄)のCO2排出を削減。EPD(環境製品宣言)取得、LCA算定、サプライチェーン排出量管理(関連記事:Scope 3排出量の算定実装)の体制構築。

③ サーキュラーエコノミー対応

建材の解体・回収・再資源化のスキーム構築。建材リユース市場、Design for Disassembly(DfD)の設計思想。関連記事:サーキュラーエコノミーへの移行

④ 海外展開

樹脂サッシは北欧・東欧・北米の高性能建材市場で需要が高い。日本のサッシメーカー(YKK AP、LIXIL等)は既に海外展開を強化。逆に欧州・北米メーカーの日本市場参入も加速見通し。

⑤ M&A・統合

建材市場の構造変化に対応した業界統合。アルミ・樹脂・木材を扱う総合建材メーカーへの集約、住宅メーカー・ゼネコンとの戦略提携が進む。

9. ZEH・ZEBとの統合戦略

建材メーカー単独でなく、住宅メーカー・ゼネコン・設備メーカーとの連携によるZEH/ZEB提案が重要になる。関連記事:ZEB/改正建築物省エネ法—2025年4月全面義務化と建築の脱炭素ロードマップ

建材メーカーが「素材売り」から「ソリューション提供」に転換することで、価格競争を回避し、付加価値ビジネスへ移行。具体例:

  • 窓・サッシ+日射制御+自動開閉のZEH対応総合パッケージ
  • 断熱材+気密材+換気システムの一体提案
  • 木質建材+構造設計+CLT施工のターンキー提案
  • セメント・コンクリート+低エンボディドカーボン認証・EPD一括提供

10. 主要プレイヤーの動向

YKK AP

樹脂サッシの展開を強化しつつ北米・欧州市場に参入し、低炭素アルミの調達も進める。主力はZEH対応の高性能ウィンドウシリーズ(APW330等)。

LIXIL

サッシ・ガラス・ドアの総合提供。住宅向け高性能サッシ(EW、TW等)、海外市場(米国・欧州)強化。Tostem、INAX、GROHE、American Standardの複合ブランド戦略。

AGC、日本板硝子、セントラル硝子

Low-E複層ガラス、真空ガラス、自動車ガラスのコア技術を住宅・建築用に展開。製造プロセスの脱炭素投資。

太平洋セメント、住友大阪セメント、UBE三菱

CO2吸収コンクリート、混合セメント、CCS導入、エンボディドカーボン削減のロードマップ策定。

住友林業、銘建工業

CLT・集成材・中大規模木造の展開、林業バリューチェーン全体での事業構築。

11. 市場規模とM&A機会

建材市場の規模は大きい(矢野経済研究所の調査では、住宅向け主要建材だけで約1.5兆円規模)。脱炭素シフトで拡大するのは、樹脂サッシ・木製サッシ、高性能帯の断熱材、EPD・認証を取得した低エンボディドカーボン建材、CLT・LVLなどの構造用木質建材、そして公共調達で優位に立つ低炭素セメント・コンクリートである。反対に、アルミサッシ+単板ガラス、低性能の断熱材やドア、クリンカ100%の従来型セメントは構造的な縮小が避けられない。この入れ替わりが、事業売却・買収・提携といったM&A機会の源泉になる。

よくある質問(FAQ)

Q. アルミサッシ事業はいつまで存続できるか?

2025年4月の省エネ基準義務化以降、大半の地域区分では新築へのアルミサッシ+単板ガラスの採用は事実上難しくなった。一方、屋内側に樹脂を使うアルミ樹脂複合サッシは高性能化が進んでおり、住宅向けの主力として当面残る見通し。リフォーム・改修市場でも既存窓の交換需要が続く。

Q. 樹脂サッシシフトの最大の障壁は?

製造コストの高さ、設備投資負担、強度・耐久性に対する日本市場の慣行的不信、大型ビル用途への対応難。これらを克服した企業(YKK AP等)が市場リーダーシップを取りやすい。

Q. CO2吸収コンクリートはどこで使われているか?

大手ゼネコン(鹿島、大林、大成、清水、竹中)が公共建築・舗装・プレキャストで実装。低エンボディドカーボン認証取得品として公共調達でアドバンテージ。

Q. 中小建材メーカーの生き残り戦略は?

特定セグメント(窓・サッシ・断熱材・木質建材)への特化、大手との提携・統合、海外輸出(欧州・北米の高性能建材市場)、地域材活用、リフォーム市場特化等の選択肢。

Q. EPD(環境製品宣言)取得の実務的メリットは?

米国州レベルのBuy Clean法や国内外の公共調達での優位、欧州CBAM対応、ZEH/ZEB認証申請、エンボディドカーボン規制対応で重要性が増す。LCA算定・第三者検証の費用は1製品あたり数十万〜数百万円が目安。

Q. 断熱材市場で2030年に最も伸びるカテゴリは?

高性能断熱材(フェノール、ウレタン、真空断熱パネル)、グラスウール/ロックウールの厚物化、木質繊維・セルロースファイバー等の天然素材系。リフォーム市場では薄型・高性能化が特に重要。

Q. 住宅省エネ義務化のリフォーム市場への波及効果は?

先進的窓リノベ事業や長期優良住宅化リフォーム推進事業など、窓・断熱改修への補助制度が拡充され、高性能サッシ・断熱材の交換需要を直接押し上げている。新築着工が伸び悩む中でも、既存ストックの性能向上市場は建材メーカーにとって成長余地の大きい領域だ。

こんなときに、Sasla

・自社の建材ポートフォリオを脱炭素規制に照らして再評価したい
・樹脂サッシ・木製サッシ等の新規市場参入の事業性を業界経験者と検証したい
・エンボディドカーボン規制(CBAM、Buy Clean、欧州MPG等)への対応を整理したい
・建材リサイクル・サーキュラー対応の事業設計を検討したい
・M&A/業務提携先の選定・DDで建材業界の専門家見解が欲しい
・ZEH/ZEBソリューションへの転換戦略を組み立てたい

Saslaには、建材メーカー出身者、サッシ・ガラス・断熱材・セメント・木材の各業界専門家、住宅メーカー・ゼネコンの建材選定担当、海外建材市場の調査経験者が登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。

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12. 「素材から、ソリューションへ」

建材市場は、ZEH/ZEB規制、エンボディドカーボン規制、サーキュラーエコノミー対応によって、過去30年で最大規模の再編期に入った。アルミサッシ単板ガラスのような旧来製品の市場退場と、樹脂サッシ・木質建材・低エンボディドカーボン建材の急成長が同時進行する中、「素材売り」から「省エネ・脱炭素ソリューション提供」への転換ができる建材メーカーが生き残る。

業界専門家との対話を通じた製品ロードマップ策定、海外展開戦略、M&A機会の発掘が、この再編期を制する鍵となる。

出典・参考資料

本稿で参照した主な一次資料。排出割合・市場規模・基準は各公表時点のもの。