日本の電源構成において石炭火力は直近で約3割を占める基幹電源であり、2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では2040年度の火力比率を3〜4割程度に位置づけている。一方、GX(グリーントランスフォーメーション)の進展、欧米投資家の脱石炭圧力、TCFDTNFD等の気候開示義務、CSRDSSBJ等の規制対応により、石炭火力は「座礁資産(Stranded Assets)」化のリスクが現実化している。本稿では、資源エネルギー庁「エネルギー基本計画」「石炭火力検討ワーキンググループ」資料、JERA・J-POWER(電源開発)の公表資料、IEA「World Energy Outlook 2024」、Carbon Trackerの座礁資産分析を踏まえ、電力会社の戦略選択肢、アンモニア・水素混焼の現実性、地域経済への影響を整理する。

1. 日本の石炭火力 — 現状の電源規模と立地

日本の石炭火力は発電電力量の3割弱を担う。NGOのJapan Beyond Coalが電力各社の公表情報をもとに集計するデータベースでは、2026年7月時点で全国157基が運転中とされる。最大の担い手はJERAで、碧南(愛知)・常陸那珂(茨城)・広野(福島)・武豊(愛知)に大規模ユニットを持つ。次いでJ-POWER(電源開発)が松浦・磯子・橘湾・竹原などを運転し、国内2位の石炭火力事業者である。

旧一般電気事業者では、関西電力は舞鶴が唯一の石炭火力(重油の海南は2019年に廃止済み)、中国電力は三隅・新小野田、北陸電力は敦賀・七尾大田、四国電力は西条・橘湾、九州電力は松浦・苓北、東北電力は能代・原町、北海道電力は苫東厚真が主力となる。北海道の奈井江・砂川については、非効率石炭火力のフェードアウト方針を受けて2027年3月末の廃止が公表済みだ。このほか常磐共同火力(勿来)のような共同火力や、神戸製鋼所の神戸発電所に代表される自家発・卸電力系の石炭ユニットが残る。

共通するのは、多くの拠点が港湾・工業地帯・地方都市に立地し、地域雇用と税収の重要な担い手であることだ。単純な閉鎖は地域経済への打撃が大きい。

2. 座礁資産化リスクの構造

Carbon TrackerやIEEFA等の海外シンクタンクは、世界の石炭火力資産が「座礁資産化」するリスクを継続的に分析している。日本でも同様のリスクが、需要・供給・規制の三つの面で顕在化しつつある。

需要側リスク

電力需要にはデータセンター・半導体工場の立地による増加見通しもあるが、その増分の受け皿として選ばれるのは再エネ・原子力であり、需要家の再エネ選好と企業の自家発電・再エネ調達の拡大は石炭火力の稼働率をむしろ押し下げる。そこにGX-ETS(排出量取引制度)の本格化によるCO2排出コストの顕在化が重なる。RE100参加企業をはじめ需要家側が石炭由来電力を避ける動きも、販売面の逆風として無視できなくなってきた。

供給側リスク

燃料面では、海外炭価格と為替の変動が発電コストを直撃する。調達先はオーストラリア・インドネシアに偏っており、輸送の地政学リスクも抱える。加えて脱石炭方針を掲げる金融機関が増えたことで、資金調達コストの上昇が維持投資・更新投資の両方を圧迫している。

規制・社会的リスク

政策面では、非効率な石炭火力(亜臨界圧等)を段階的にフェードアウトさせる政府方針が既定路線となった。欧米投資家による気候関連の議決権行使やダイベストメント、ESG評価機関(MSCI、Sustainalytics等)のスコアリングを通じた圧力も、資本市場からの構造的なリスク要因である。

関連記事:カーボンクレジット・GX-ETSの実務

3. 電力会社の戦略選択肢

電力会社・IPPがとり得る選択肢は大きく4つに整理できる。

① アンモニア・水素混焼

既存の石炭火力にアンモニアまたは水素を混焼し、CO2排出量を段階的に削減していく戦略で、日本が独自に推し進めてきたアプローチだ。

実証は段階を踏んで進んでいる。2024年にはJERA碧南火力4号機で、大型商用機として世界初となるアンモニア20%混焼の実証運転が行われた(4月〜6月。NOxは石炭専焼と同等以下、N2Oは検出限界以下と報告)。次の段階として、NEDOグリーンイノベーション基金の事業では2028年度に50%以上の高混焼実証が計画されており、商用化は2030年代、専焼への移行は2040年代が視野に置かれている。ただし20%混焼の商用運転・他号機への展開はこれからであり、現時点ではあくまで計画段階の色彩が濃い。

論点も多い。まず、燃料アンモニアの製造段階で大量のCO2が出る場合、ライフサイクルでの排出は改善しない——「ブルー」(CCS付き)か「グリーン」(再エネ電解)かが決定的である。燃料コストは石炭より大幅に高く、当面は補助金に依存する。製造から輸送・受入・燃焼までのサプライチェーン構築には大規模投資が必要で、欧米からは「化石燃料の延命策」との批判も根強い。

② CCS/CCUS導入

石炭火力にCO2回収・貯留(CCS)または利用(CCUS)を組み合わせる戦略。北海道苫小牧では累計30万トン規模の圧入実証がすでに完了しており、2024年にはCCS事業法が成立して事業基盤の整備が始まった。商用化に向けては、経済産業省・JOGMECの「先進的CCS事業」として、2030年度までの貯留開始を目指す案件(苫小牧地域、首都圏、九州西部沖など計9件)が選定されている。残る論点は、高コスト、貯留地をめぐる社会的合意形成、輸送インフラの整備、そしてCO2の長期的な密閉性である。

③ 休廃止・燃料転換

発電効率が38%に満たない古い亜臨界圧の石炭火力は、経済産業省の方針により段階的な休廃止が進んでいる。2030年度に向けて非効率(亜臨界圧等)石炭火力をフェードアウトする政府方針が土台にあり、前述の奈井江・砂川の廃止決定もこの流れに沿う。一部ではLNG(天然ガス)への燃料転換も検討されている。

④ バイオマス混焼・専焼

木質ペレット、輸入木質バイオマス、農業残渣などへの燃料転換で、J-POWERの竹原火力などに混焼の実績がある。論点は、持続可能なバイオマス調達と森林資源の循環性、そして輸入バイオマスのライフサイクル排出に集約される。

4. 主要プレイヤーの戦略

JERA

東京電力フュエル&パワーと中部電力の火力事業を統合した、国内最大の火力発電会社。JERAゼロエミッション2050を掲げ、アンモニア/水素/LNG/再エネへの転換を打ち出す。碧南火力でアンモニア20%混焼実証を成功させ、専焼化に向けた段階的シフトを進める。

J-POWER(電源開発)

国内2位の石炭火力事業者で、発電設備に占める石炭の比率が大手電力より高い。「J-POWER BLUE MISSION 2050」でGENESIS松島(石炭ガス化とCO2フリー水素・アンモニアへの転換)、再エネ拡大、原子力(大間)を進めるほか、2024年には国内石炭火力5基を2030年度までに休廃止する方針を公表した。それでも事業構造上、座礁資産化リスクは他社より高い。

関西電力・中部電力・九州電力等の旧一電

各社で原子力比重、再エネ比重、燃料種別ミックスが異なるため、戦略の重きが分かれる。共通するのはGX-ETS対応とTCFD/SSBJ開示の強化。

鉄鋼業界の自家発・卸電力

鉄鋼業界では、神戸製鋼所の神戸発電所のような石炭火力の卸電力事業に加え、製鉄所の副生ガス・石炭を使う自家発電が製鉄プロセスの電力供給源として残る。ただしいずれも水素還元製鉄への転換と整合させる必要がある。関連記事:グリーンスチールへの転換

5. 地域経済への影響

石炭火力廃止は立地自治体の税収・雇用に直接打撃を与える。福島県広野町(JERA広野)やいわき市(常磐共同火力・勿来)、愛知県碧南市(JERA碧南)、広島県竹原市(J-POWER竹原)、北海道厚真町(北海道電力苫東厚真)、島根県浜田市(中国電力三隅)など、発電所が地域経済の柱となっている自治体は全国に点在する。

廃止となれば、固定資産税収の喪失に加え、運転員・保守・燃料受入・地元サプライヤーといった関連雇用への影響が避けられない。その規模は発電所の規模と自治体の財政構造によって大きく異なる。公正な移行(Just Transition)の視点での地域転換支援が必要になる。

6. 公正な移行 — 自治体・地域の選択肢

石炭火力跡地の活用は、港湾・送電網という既存インフラを軸に複数のパターンが検討されている。

  • 洋上風力拠点:港湾インフラを活用した洋上風力の組立・メンテ拠点(O&M)
  • 水素・アンモニア受入基地:既存港湾を活用した燃料受入
  • 蓄電池発電所:系統用蓄電池の大規模設置(関連記事:蓄電池ビジネスの実装
  • データセンター:電力インフラと地理的優位を活かす(関連記事:データセンターの脱炭素
  • 水素・バイオ燃料製造拠点:合成燃料/グリーン水素/SAF製造
  • 産業団地化:跡地の再開発による新産業立地

7. M&A・統合の動向

石炭火力事業の分離・売却・統合の動きは欧米が先行する。石炭火力資産を「runoff」(運用を続けながら計画的に廃止する)目的のファンドへ移管する事例が典型で、日本ではまだ少ないものの検討は始まっている。国内で現実に進んでいるのはむしろ統合の側だ。東京電力フュエル&パワーと中部電力の火力事業を統合したJERAがその代表例であり、燃料調達・物流・トレーディングを集約する動きも続く。さらにアンモニア・水素のサプライチェーンをめぐっては、商社・石油元売り・電力会社が豪州・中東・北米のプロジェクトに連携投資する形の再編が並行して進む。

8. 投資家・金融機関の動向

3メガバンク(三菱UFJ FG、みずほFG、三井住友FG)はいずれも石炭火力の新設向けファイナンスを原則停止し、石炭火力向けプロジェクトファイナンス残高を2040年度までにゼロとする方針を環境・気候ポリシーで公表している。各行とも移行計画の開示や、PCAF基準による投融資ポートフォリオ排出量(Financed Emissions)の算定を強化中だ。一方、既存資産の延命につながる融資への線引きは各行で温度差があり、地域の石炭火力向け融資が地方経済に組み込まれている地銀は、より緩やかな対応にとどまっている。

欧米では機関投資家(BlackRock、Vanguard、Allianz等)からの議決権行使プレッシャー、欧州NGO(Reclaim Finance、Urgewald等)の調査公表が日本企業にも影響を及ぼしている。

9. CO2排出と気候訴訟リスク

気候変動訴訟の世界的増加に伴い、日本の電力会社も気候訴訟リスクに晒される可能性がある。象徴的なのはオランダのShell訴訟で、2021年にハーグ地裁が2030年までのCO2排出45%削減を命じたものの、2024年11月の控訴審では当該削減義務が取り消された(企業の一般的な注意義務自体は認定)。ドイツではペルー農民がRWEに気候被害の補償を求めた訴訟が争われ、請求は2025年の控訴審で退けられたが、排出企業が気候損害の責任を問われうるという法理は裁判所に認められた。日本でも、機関投資家がJ-POWERに対しパリ協定整合の計画開示を求める気候株主提案を続けており、2023年の株主総会では約2割の賛成を集めている。

気候関連の開示不足、移行計画の実効性、座礁資産リスクの定量開示が訴訟・株主提案の論点となる。

10. シナリオプランニング

2050年に向けては、大きく三つのシナリオが考えられる。

シナリオA:政府方針通り(火力30-40%)

アンモニア・水素混焼が成功し、石炭火力は形を変えて存続。電力会社は段階的に燃料を転換、CCS導入で実質排出を削減。

シナリオB:座礁資産化加速

アンモニア・水素混焼のコストが想定より高止まりし、再エネ+蓄電池の低コスト化が加速。石炭火力の経済合理性が失われ、計画より早く廃止が進む。

シナリオC:地政学リスクで化石燃料回帰

エネルギー安全保障の観点から石炭火力が再評価される。アンモニア・水素混焼への投資は減速。

各電力会社・IPPは複数シナリオに対応できる柔軟な投資ポートフォリオの構築が求められる。

よくある質問(FAQ)

Q. アンモニア混焼で「カーボンニュートラル」になるのか?

燃焼時CO2は減るが、燃料アンモニアの製造段階で大量CO2が出る場合、ライフサイクル排出は改善しない。「グリーン」アンモニア(再エネ電解)か「ブルー」アンモニア(CCS付き)かが決定的。

Q. CCSの実用化はいつ頃か?

苫小牧では30万トン規模の圧入実証が完了済み。商用化に向けては、先進的CCS事業として2030年度までの貯留開始を目指す案件(苫小牧地域、首都圏、九州西部沖など)が選定され、CCS事業法(2024年成立)のもとで事業基盤の整備が進む。

Q. 石炭火力跡地の最適活用は?

港湾・送電網等の既存インフラを活かして、洋上風力O&M拠点、水素・アンモニア受入基地、系統用蓄電池、データセンター、産業団地化が現実的候補。

Q. 自治体に対する公正な移行(Just Transition)支援は?

国の電源転換に伴う地域経済対策、固定資産税減収対策、雇用転換支援(リスキリング)、産業誘致が政策論点。立地自治体・労組・地元企業の合意形成プロセスが鍵。

Q. 座礁資産化リスクを定量評価するには?

Carbon Trackerの公開モデル、PRIのIPR Forecast Policy Scenario、TPI Sector Pathway等を活用。電力会社固有の燃料調達契約・PPA・容量市場収入・規制シナリオを組み合わせて、複数シナリオでの資産残存価値を試算。

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・CCS/CCUS導入の現実性をプロジェクト経験者と検証したい
・地域転換(洋上風力/蓄電池/データセンター)の事業性検討
・気候関連投資家対応・株主提案対応のレビュー
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Saslaには、電力会社の発電部門出身者、エネルギー業界アナリスト、CCS/アンモニア/水素プロジェクトの実務経験者、地域電力政策の専門家、ESG投資家対応アドバイザーが登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。

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11. 「閉じる」のではなく「再定義する」

石炭火力の座礁資産化は避けがたい潮流である一方、立地・港湾・送電網・人材という資産は転換可能。アンモニア・水素混焼、CCS、洋上風力O&M、蓄電池、データセンター等への複合転換により、地域インフラを次世代エネルギーシステムへ橋渡しすることができる。

重要なのは計画的・段階的な転換。突然の廃止は地域経済へのショックが大きく、逆に対応の先送りは投資家・金融機関の信頼喪失を招く。電力会社・自治体・金融機関・投資家・地域住民の合意形成プロセスを含む包括的な転換戦略が、座礁資産化リスクを管理するための鍵となる。

出典・参考資料

本稿で参照した主な資料。電源構成比・容量・政策スケジュールは各公表時点のもので、最新の改定で変わりうる。