グリーンスキルを持つ人材が足りない、という声はもう常識になった。実際、LinkedInのGlobal Climate Talent Stocktake 2024によれば、グリーン人材の需要は2023〜2024年に11.6%伸びたのに対し、供給の伸びは5.6%にとどまり、このまま進めば需給ギャップは2050年に101.5%まで開くと試算されている。だが、人材獲得の実務では、ここで多くの企業が打ち手を間違える。「ESGのユニコーン(専門知も実務も英語もそろった希少人材)」を外から探しに行き、見つからないと嘆くのである。本稿の立場は違う。グリーンスキル不足の大半は、人材市場の問題というより役割の書き方(ミススペック)の問題であり、解き方は「育てる・採る・借りる」の配分設計にある。多くのグリーンスキルは、まったくの新種ではなく、既存スキルをサステナビリティの目的へ"再標的化"したものだからだ。

「不足」の正体——多くは新種でなく"再標的化"

そもそもグリーンスキルとは何か。CEDEFOP(欧州職業訓練開発センター)は、環境への負荷を減らそうとする経済・社会で働くために必要な「知識・能力・価値観・態度」と定義する。範囲は広い——CO2算定やLCA、再エネ・蓄電・水素・CCSの技術、サーキュラー設計、GHGプロトコルやSBTなどの規格、サステナブルファイナンス、そしてマテリアリティ分析や投資家対応、システム思考や変革リーダーシップまで含む。ここで重要なのは、これらの多くが「ゼロから覚える別物」ではない点だ。世界経済フォーラムのFuture of Jobs Report 2025は、2030年までに労働者の中核スキルの39%が変化すると見るが、その多くは既存能力の延長・組み替えだ。LinkedInの最新版(2025年)でも、グリーン人材の採用の過半が、もはや「グリーン」と銘打たれない職種で起きていると報告されている。

裏を返せば、本当に希少なのは限られた深い専門性だ。GHG排出量の第三者保証や1次データの算定、気候科学に基づくシナリオ分析、再エネ・蓄電プロジェクトの開発実務、海外大型案件の経験——こうした"深さ"は短期では育たず、外部から調達するしかない。逆に、開示書類の準備やIR対応、マテリアリティ整理、社内のサステナ戦略策定といった領域は、既存の経理・IR・経営企画・法務の能力を再標的化すれば、相当部分を内部で賄える。「何が本当に希少で、何が隣接スキルで届くのか」を切り分けることが、人材戦略の出発点になる。

不足職種を「ユニコーン要件」で書かない

不足が語られる職種は幅広い。経営層では戦略を統括するCSOとその配下のサステナビリティ部門マネージャー。開示・投資家対応ではESGアナリストやESG-IR担当。算定・技術系では、Scope 1〜3や製品LCAを担うカーボン算定実務者、TCFDTNFDのシナリオ分析・移行計画の実装者、再エネ・蓄電のプロジェクトマネージャー、水素・アンモニア・CCSの技術者、低炭素製品の開発エンジニア。そしてサプライチェーンの人権・環境デューデリジェンス(人権DD)の担い手。確かに、どれも採用は難しい。

だが採用が難しい最大の理由は、市場に人がいないことだけではない。求人票が「深い業界知識+深いサステナ専門知+変革リーダーシップ+グローバル対応」を一人に求める"ユニコーン要件"になっていることが多いのだ。実在しにくい一人を探すより、役割を分解したほうが早い。たとえばCSO級のポジションは、日本監査役協会の2023年調査で、専任CSOの設置がプライム市場上場会社で2022年の約36%から2023年には約5割へと急伸した一方、スタンダード市場・グロース市場では2割前後にとどまる。つまり旗は立て始めたが、規模が下がるほど役割の中身は曖昧なままだ。求められているのは、肩書きを作ることではなく、その職に何を期待し、どの能力で満たすのかを具体化する設計である。

「育てる・採る・借りる」の配分を決める

人材を満たす経路は三つしかない。育てる(内部リスキリング)、採る(中途採用)、借りる(外部専門家の一時活用)だ。需給ギャップが2050年に倍以上へ開くという構造のもとでは、「採る」だけで穴は埋まらない。だから配分の原則は、育てるを基本に置き、本当に希少な専門性に絞って採る・借りるを足す、という順序になる。

育てる対象は、隣接領域に多くいる。経営企画・IR・CSR部門からの異動、事業部門でのサステナビリティ責任者の育成、研究開発部門への環境技術スキルの付与、調達・購買部門へのサプライチェーン人権・環境スキルの追加——いずれも既存の文脈知識が効くため、ゼロからの採用より立ち上がりが速い。採る場合は、サステナビリティ専門コンサル出身者、国際機関・環境NPO出身者、欧米企業のサステナ部門経験者、金融機関のESG投資経験者が主な供給源になる。ただし報酬は読みにくい。サステナビリティ職に特化した公的な賃金統計は存在せず(賃金構造基本統計にも該当職種区分がない)、参照できるのは人材エージェントの市場観測値にとどまる。たとえばJAC Recruitmentの市場情報は、大手ファーム想定でマネージャー1,200万〜1,800万円、ディレクター2,000万円以上といったレンジを示すが、これは紹介実績に基づく観測値であって公的統計ではない。CSOクラスになると公開データはさらに乏しく、具体的な上限を断定できる根拠は見当たらない。外部採用は高コストで相場も不透明——この事実自体が、育てる・借りるへ比重を移す根拠になる。

借りるは、希少な深い専門性を必要な期間だけ取り込む手段だ。正規雇用が難しいCSO候補や海外プロジェクト経験者、特定領域(LCA、Scope 3、CCS、再エネ等)の実務家を、論点整理の数時間から数か月のプロジェクト参画、月次・四半期の継続アドバイザリー、非常勤の助言まで、深さに応じて使い分ける。Saslaのような業界専門家マッチングは、まさにこの「借りる」を機動的に回すための選択肢になる。

隣接スキルの再標的化——典型パターン(例示)

「育てる」が具体的にどう効くのかは、既存職種から隣接領域への移し替えとして描くと分かりやすい。以下は実在の特定企業の事例ではなく、現場でよく見る典型的な再標的化のパターンである。調達・購買の担当者は、サプライヤー管理の経験を活かしてサプライチェーンの人権・環境DDへ。経理・財務は、開示と内部統制のスキルをISSB/SSBJ対応のサステナビリティ情報開示へ。リスク管理・内部監査は、シナリオと統制の知見を気候リスク・移行リスクの評価へ。設備・生産技術は、プロセス改善の力を省エネとGHG算定へ。法務・コンプライアンスは、規制解釈の専門性をCSRD/CSDDDといった規制対応へ。いずれも「新しい人を採る」のではなく、「いまの人の力を、別の的に向け直す」発想だ。再標的化が効くからこそ、足りないのは人の数というより、誰のどのスキルをどこへ向けるかの設計になる。

リスキリングをどう設計するか

リスキリングは、研修を受けさせれば済むものではない。順序としては、まず事業のサステナビリティ目標と必要スキルのギャップを洗い出し、優先職種を特定する。次に現職員のスキルを棚卸しして候補者を見極め、一人ひとりにキャリアパスを示す。そのうえで必須スキルと専門スキルのコースを組み、OJTとOff-JT、外部研修を組み合わせ、資格取得支援やメンタリングで支える。最後に、進捗を追い、実務での適用を確認し、評価・処遇と連動させる。学びの素材は揃っている——GHGプロトコルやSBTのハンズオン研修、GRIやCFAのESG関連資格、Coursera・edXやケンブリッジのプログラム、社内アカデミー。問題は素材ではなく、実務に着地させる設計のほうにある。

効果測定も、受講の有無で終わらせない。理解度に加えて、業務での適用度、CO2削減やSBT進捗といった定量成果、ESG評価の改善まで含めて、おおむね1年単位で見るのが現実的だ。育成が実務で戦力化するまでには、座学だけでは届かず、相応の期間——目安として数年単位を見込む例が多い。だからこそ、外部経験者がメンターとして内部育成を加速する「借りて育てる」併用が効いてくる。形だけの研修で終わらせない、座学を実務に橋渡しする、この一点が成否を分ける。

業界ごとに、効くスキルは違う

必要なスキルは業界で大きく異なる。製造業なら、LCAやScope 3、EPD、サプライヤー管理に加え、設計エンジニアのサーキュラー思考と調達部門の人権・環境DDが要になる。金融はPCAFによるファイナンスド・エミッション算定、気候シナリオと移行リスク評価、サステナブルファイナンス商品の設計(化石燃料系金融商品のフェードアウトと表裏だ)。不動産・建設はエンボディドカーボン管理やZEB/ZEH設計、建材LCAと解体DD(不動産・建設の循環ビジネス)。商社は海外プロジェクト管理とカーボンクレジット取引、サプライチェーンDD。IT・通信はデータセンターの効率化(データセンターの脱炭素)やサステナビリティSaaSの開発だ。共通して言えるのは、どの業界でも"深い専門性"の中身が違うため、借りるべき外部の的も業界ごとに変わるということである。

組織設計と、外部活用の使い分け

サステナビリティ部門の置き場所にも定石はない。CSOを社長直属に置けば戦略性が高まり、経営企画配下なら事業戦略との連動、IR配下なら投資家対応に強くなり、事業部横断の委員会型ならマトリクスで全社に効かせられる。部門の規模も、組織規模に応じて数名から数十名まで幅があり(あくまで目安で、確立した基準があるわけではない)、要員数より「事業部門と本当につながっているか」が機能を左右する。取締役会や事業部と切り離された部門は、人数がいても動かない。

外部活用は、深さと期間で使い分けるのが基本だ。論点整理なら1〜2時間のスポット相談、特定テーマの実装なら数か月のプロジェクト参画、継続的な伴走なら月次・四半期のアドバイザリー、経営助言なら非常勤の取締役やアドバイザリーボード。正規雇用が難しい高度人材ほど、この「借りる」を制度として持っておくと、採用市場の逼迫に振り回されずに済む。グローバル人材の獲得——欧米のサステナ専門家の中途、海外子会社の責任者育成、CSRD対応の現地人材確保——も、すべてを採用で賄うのではなく、借りると育てるを織り交ぜる発想が現実的だ。

よくある質問(FAQ)

Q. CSO人材を中途採用する場合の探し方は?

エグゼクティブサーチ(Heidrick & Struggles、Russell Reynolds、Egon Zehnder等)、サステナビリティ専門のヘッドハンター、業界専門家ネットワーク、コンサル出身者の紹介などが主な経路だ。ただしCSOクラスの報酬には公開された確たる相場がなく、人材エージェントの観測値も幅が大きい。採用に踏み切る前に、その職に何を期待するかを具体化しておかないと、高い報酬で曖昧な役割を埋めることになりかねない。

Q. 中堅企業でグリーンスキル人材が確保できないときは?

正規雇用にこだわらないことだ。業界専門家のスポット活用、コンサル・専門ファームの起用、複数企業での人材シェアリングなどを組み合わせる。Saslaのようなマッチングプラットフォームは、必要な深さの専門性を必要な期間だけ取り込む「借りる」の手段になる。まず内部の隣接人材を育て、足りない深さを借りて補う、という順序が中堅には合う。

Q. 既存社員のリスキリングと中途採用、どちらが効果的?

役割による。戦略職(CSOや部長クラス)や本当に希少な専門性は外部経験者が要る。一方、開示準備や実務・現場の多くは内部リスキリングのほうが、文脈知識が効くぶん立ち上がりが速い。理想は、外部経験者がメンターとなって内部育成を加速する「採る・借りる」と「育てる」の併用である。

Q. グリーンスキル研修の効果測定は?

受講の有無ではなく、理解度・業務での適用度・定量成果(CO2削減やSBT進捗)・エンゲージメント・外部評価の改善まで含めて、おおむね1年単位で多面的に見るのが現実的だ。研修を受けたかではなく、実務で使えているかを測る指標に重心を置きたい。

Q. 国際機関・NGO出身者の活用は?

UN、ILO、IFC、WBCSD、CDP、SBTiといった国際機関の出身者は、規格・基準への深い理解とグローバルな人脈を持ち、サステナビリティ責任者やアドバイザーとして高い価値を発揮する。留意点は社内文化への適応で、いきなり中核に据えるより、アドバイザリーから入って相互理解を作る使い方が機能しやすい。

こんなときに、Sasla

・自社のサステナビリティ人材戦略を業界経験者と整理したい
・CSO・サステナビリティ部門の組織設計と人材要件の論点整理
・グリーンスキル研修プログラムの設計支援
・特定領域(LCA、Scope 3、CCS、再エネ等)の業界専門家を一時的に確保したい
・海外サステナビリティ専門家の活用検討
・人事評価制度のサステナビリティ連動設計

Saslaには、サステナビリティ責任者(CSO・部長クラス)出身者、ESGアナリスト、LCA・カーボン算定の実務専門家、TCFD・TNFD・ISSB対応のコンサルタント、人事・組織開発の専門家、グローバル人材エージェントが登録しています。1時間のスポットインタビューから本格的なリサーチ・伴走支援まで、フェーズと予算に応じて活用可能です。

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人材は模倣しにくい——だからこそ「設計」が効く

2026年から2030年は、開示の義務化、規制対応、新規事業の創出が同時並行で進む局面だ。技術や制度は模倣できても、人材の質と量、そして組織が学び続ける力は模倣が難しい経営資源になる。だからこそ、グリーンスキルを「足りない希少品」と見て採用市場で奪い合うより、何が本当に希少で何が隣接スキルで届くのかを切り分け、育てる・採る・借りるを意図して配分するほうが、ずっと費用対効果が高い。役割を分解し、隣接人材を再標的化し、希少な深さは借りて補い、メンターを介して内部に定着させる——この設計を回せる企業が、長期の競争力を握る。判断材料を磨く段では、人材市場と各領域の実務を知る専門家との対話が、設計の精度を押し上げてくれる。